【短編】 幽霊と映画と手帳

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 こんにちは。

 わたしはだぶん幽霊です。
 なぜそう思うのかというと、誰かに話しかけても反応がありませんし、すぐ目の前にわたしがいても全く気づかれないからです。もともと人とあまり話すほうではなかったので、最初はそれほど気になりませんでした。しかし、何をしても相手の反応がないので、その理由をあれこれ考えているうちに、自分は幽霊になったのではないかと思ったわけです。だとすると、わたしはすでに死んでいることになりますが、自由に移動できるのは今いる公園の中だけなので、自分の死を確認することもできません。ただ、服装はコートとマフラーのままなので、もし死んでしまったのなら、そのときの季節はたぶん冬だったのでしょう。

 わたしは普段、公園のブランコに腰かけたり、桜の木に登って辺りを眺めたりしているのですが、何の目的も与えられず過ごしているせいか、時間が流れているのか止まっているのか、よく分からなくなることがあります。もちろん、昼と夜が変わったり、人が公園を歩いたりするという変化はありますが、わたしには、それがまるで映画のように見えてしまって、目の前で本当の時間が流れているのかどうか分からなくなるのです。二時間の映画なら、それを観た人にとっては二時間という時間が過ぎたことになりますが、映画の中では何年も、何十年も過ぎていることだってあります。当然、それは映画なので、その中で何十年過ぎようと何の不思議もないのですが、そう思えるのは、「これは現実ではなくただの映画なのだ」という安心があるからでしょう。

 そんなことを考えながらいつものように過ごしていると、わたしは公園のベンチに手帳が置いてあるのを見つけました。きっとこれは、昨日このベンチに座っていた高校生が忘れていったものでしょう。わたしは手帳を開き、付属のペンで「こんにちは」と試しに書いてみました。すると、紙の上にちゃんと文字が書けているのです。幽霊のようなわたしの書いた文字なんて普通の人には見えないかもしれませんが、もし手帳を開いたあなたにこの文章が読めたとしたら、わたしの存在を知ってもらえるかもしれません。あるいは、ただの悪戯だと思われるのがオチかもしれませんが、もし何かを伝えることができれば、あなたとわたしは、その瞬間だけでも同じ時間を過ごしたことになるのです。それはきっと、一方的に流れるだけの、映画の中の時間とは違うはずですから。

【短編】 おかえり (2010/09作)

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 その不安定な粒子はぐるぐると円を描きながら、造形的に不可能な像を結び始めていた。
「例の土、ありますか?」
 僕は仮にその像の内部領域をP、像を覆う外延をQ、そして任意の観測点をRと呼ぶことにする。
「例の土とはなんだね」
「例の、神がアダムを作ったときの」
 骨董屋の老人は顔を上げ、手に持った虫眼鏡越しに僕を覗き込んだ。
「あんたは誰だ」
「僕は旅人です。遠路はるばるアダムの土を求め旅をしてきました」
 老人は虫眼鏡を番台に置くと、湯飲みを持ち上げ茶をすすった。
「あれは、随分昔に売り切れたよ」
 嘘だ。
「所詮、ただの土くれさ」
 像の内部領域Pが無限大であるのに対し像の外部領域Sが有限であるとき、像の外延Qは無限かそれとも有限かという問いを観測点Rはふと思った。
「ねえお爺さん」
 埃のかぶった骨董品の奥から、黒眼鏡を掛けた若い娘が現れた。
「この人、今晩泊めてあげたら?」
「そうだな。お前がそう言うのだったら」
 黒眼鏡の娘は白い手を差し出すと、まるで花瓶を品定めするような手つきで僕の顔を撫でた。
「フフ、困った顔してる。観測点Rさん」
「君、目が悪いのか?」
「ええ、でも答えを知ってるわ」
「答え?」
 僕は娘に手を引かれながら、今にも崩れそうな骨董品の山の中へ入っていった。
「アダムの土はきっと偽物よ」
「なぜ偽物だと?」
 娘は僕を暗がりの中のソファに座らせると、僕の耳にそっと唇を押しつけた。
「この店にはね、本物なんて一つもないの」
 時間Tは像の内部領域と外部領域において別々の、相対的に逆行しあう時間軸を持っているが、その関係はあくまでも相対的であり、各領域の時間軸が正進か逆進かを判別する手段は無く
「だけど問題の本質はね、二人がこの世界で出会えるかどうかなの。時間Tが有限であれば逆行しあう二つの時間はいつか出会える。でも時間が無限なら、二人は永遠に出会えない」
 僕は娘の黒眼鏡をゆっくり外すと、闇に浮かぶ娘の白い顔にナイフを当てた。
「ところで、アダムはどこにいる?」
「死があり、出会いと別れがあるのはね、この世界が無限ではないという証拠なの」
 でも人はみな一人で生まれ一人で死ぬ。
「あなたは孤独じゃない。ただ今のあなたには、孤独と欲望の区別が出来ないだけ」
 僕はナイフを握り締め、娘の頬を一直線に切り裂いた。
「おかえり」
 虚空を見つめながら、娘は僕の腕を掴む。
「あなたが、アダムよ」

【短編】 沈黙することは賢い、だから僕は沈黙しない (2010/08作)

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 8月の、とある原子野を歩く私。
「ねえ、夏休みの宿題やってる?」
 ヒロシマ・ナガサキの時とは、全く違う思想で作られた新型の原子爆弾らしい。
「夏休みの自由研究さ。この写真を見てごらん。体中の皮膚がむけて、赤くただれてるだろ。彼女は中学生の女の子でね、初めての恋文をまだ渡せずにいるんだ」
 再びメールが届いた。
「相手の男の子は無事だったの?」
「ああ、彼は無事さ。裏山の鉱山で、ウラン鉱石の採掘に動員されていたからね」
「よかった。早く彼女のこと抱き締めてあげて。きっと、すごく怖がってるから」
 私は裏山へ彼を捜しに行った。
「村井Aくん! どこにいますか!」
 赤く燃え盛る街を、無言で見つめる男子生徒たち。
「同じクラスの坂本清子さんから手紙を預かってきたんです!」
「おい! キヨちゃんがどうしたって!」
 私は、駆け寄ってきた村井Aに坂本清子の恋文を渡した。
「どうしてこんなときに」と村井Aは言いながら手紙を開いた。「そんな……、俺、嫌われてると思ってたのに」
 村井Aは読んだ手紙をギュッと握り締めると、鉱山の斜面を転がるように駆けて行った。
「で、そのあと二人はどうなったの?」
 坂本清子は数時間後に息を引き取った。村井Aは被爆の後遺症に苦しみながらも、79年の人生を生きた。
 村井氏は晩年に記した自伝の中でこう述べている。
「幼馴染みだったキヨちゃんの変わり果てた姿を目にしたとき、私は彼女に近寄ることすら出来ませんでした。彼女はもう人間の姿をしていません。まるで地獄の使者か、さもなくば、新しい神か……」
 私の自由研究はすでに5千ページを超えていた。ヒロシマ・ナガサキの原爆と酷似している、この新型爆弾の意味とは何だ?
「坂本清子は普通の女の子よ」
「分かってる」
「この戦争を止めて」
「それは出来ない」

 ♪おもく重なった アキバの空の下 人刺して わが子密室で 餓死させて 毎日の テレビ画面のあちらとこちら
「歌?」
 ♪息とめて 痛み閉じ込めて 死にたくなったら 一人で死ねっていうキモい戦争

「もうやめて下さい」
 坂本清子が私の手をそっと握った。
「手紙、届けてくれてありがとう」
 目の前には、緑の草原がどこまでも広がっている。
「ここは?」
「原子爆弾の故郷です」
 誰もいない草原を、夏風が吹き抜ける。
「彼らを、故郷へ帰します」
「彼ら?」
 メールが届いた。
「P.S. また、学校でね」

【短編】 君が死んだら、世界を殺して僕も死ぬから (2010/07作)

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 ある夏休み、僕は怪物と出会った。
「はあーん、ブふふーん!」
 二億年の眠りから目覚めた怪物のミーちゃんは、肺に溜まったカビを吐き出しながら、死ぬほどまぶしい青空や、水平線を白く支配する入道雲を5万カラットの瞳でキラキラと眺めていた。
「ねえミーちゃん、今から海へ行こうぜ!」
「いいよ、ケンちゃん!」

 海水浴場へ着くなり、僕はTシャツを脱ぎ捨て海へ飛び込んだ。しかしミーちゃんは水際で、ポツンと海を眺めるばかり。
「こわくない、こわくない」
 ミーちゃんは心を決めてプルルと海に入ると、背中の穴から潮を吹き上げた。
「すごい! 虹だ!」
 ミーちゃんは周りの海水浴客を激しく殴打しながら、バタバタと不器用に泳ぎ始めた。水辺にはミーちゃんのバタバタで犠牲になった人々の死体が、プカプカと浮かび上がった。
「ケンちゃん、助けて!」
 僕は急いで軍用ヘリに乗りこむと、劣化ウラン弾をミーちゃんめがけて撃ち込んだ。
「もっと優しくして」
 ミーちゃんはパニックを起こしたのか、逃げ惑う人々をフライドチキンみたいにムシャムシャと食べていた。暴走したミーちゃんは砂浜に上陸すると、そのまま都市を破壊し始めた。
「もう、どこへも戻れなくなる」
 僕は沖合いの巡洋艦に回線を繋ぎ、トマホークミサイルの発射を命じた。しかし、ミーちゃんは攻撃をもろともせず、夏の空に向かって悲しく雄叫びを上げながら、世界貿易センタービルや六本木ヒルズなどを破壊し続けた。
「ねえ、こんど虫採りに行こうよ!」
 僕は空軍を回線で呼び出し、非核兵器の中では最高の破壊力と残虐性を持つバンカーバスターという大量破壊兵器の投下を命じた。
「でも虫って、すぐに死んじゃうでしょ」

 ……事件から200年後、僕は死刑囚専用の独房で死を待っていた。ミーちゃんの暴走を止めるために都市を壊滅させ、無辜の市民を600万人も虐殺してしまったことで国際軍事裁判にかけられた僕は、「平和に対する罪」で死刑判決を受けたのだった。
 ミーちゃんは暴走後、強度の疲労で休眠状態に入り、そのまま地下深くに封印されたのだという。
「あのとき、どうして核ミサイルのボタンを押さなかったの?」
「毎晩、夢の中で押してるよ」

 ある寝苦しい夏の夜、僕は突然目を覚ました。
「君にまた、会いたいな」
 刑務所中のサイレンが狂ったように鳴り響き、独房の壁や天井がバリバリと破壊されていく。
「夢の続きを、始めましょ」

【短編】 できるだけ素っ気なく、でも優しさを忘れずに (2010/06作)

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 寒かった。
 男はピストルを動物に向けながら、私の質問に答えた。
「つまりやつらが、無抵抗だからさ」
 男は動物を撃った。
「生きたければ、抵抗するしかない」
「では、抵抗する手段がない場合は?」
「知らんよ」
 私は自分のピストルを取り出した。
「俺を撃つ気か?」
「ええ」
「撃てよ」
 私は男を撃った。
「意外と痛みはないぜ、でも……」

 私は動物園を出ると路面電車に飛び乗った。
「次の駅は、論理の痛み、論理の痛みと、言葉と詩と恋……」
 向かいの席に腰かけるミニスカートの女子高校生が、太股をあげて足を組み直した。
「えー次は、非論理の快楽、非論理の快楽と、物語と夢と恋……」
 私の隣りに座っていた中学生の男子は、携帯電話のカメラで女子高校生の太股を撮っている。
「えー携帯電話のご使用は、適切に、適切に」
 女子高校生は中学生の視線に気付くと、はだけたミニスカートをさっと直した。
「えー続きまして、音楽広場、音楽広場でございます」
 私は壁のボタンをピンポンパン♪と鳴らした。
「ああそっか!」
 私は気付いた。
「論理的な人間存在の一つの帰結としての恋とは生命存在の中へ閉じ込められる永遠に対する抵抗である!」
 私は女子高校生と中学生の手を引っ張って、ピンポンポンと電車を降りた。
「もおっ! なにすんのよ!」
「つまりセックスとは生命に対する挑戦なんです!」
「ぜんぜん、意味わかんないんだけど!」

 広場へ入って行くと、陽気なバイオリン弾きが私たちをエスコートした。
「人殺しと生徒たち、そろってご来場でーす!」
 広場に集う人々から拍手と歓声が上がった。
「よっ、待ってました!」
「好きよ! あたしも殺して!」
 群衆の中から、一人の男が私に声をかけた。
「よう、また会ったな」
 あの動物殺しの男だ。
「やっぱり、あのままでは死にきれなくてね」
 男は一本の指揮棒を私に投げた。
「早く舞台に上がれよ。皆お待ちかねだぜ」
 群衆は二つに分かれて道を作り、私たちを舞台へ誘った。
「さてさて、指揮者の殺人ナルシストさんが到着しましたよ!」
 マイクを持った司会者が、待ち構えていたように喋りはじめた。
「高校生と中学生は素敵な歌を、そして演奏は25世紀交響楽団でお届けします」
 指揮棒の先端に止まった砂粒ほどの虫が、透明な羽を天に向け広げた。
「曲は交響詩《できるだけ素っ気なく、でも優しさを忘れずに》どうぞ!」

プロフィール

Author:euReka(エウレカ)
euRekaと申します。小説や詩を書いています。

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