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【短編】 見習い猫

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 見習い猫には、まだまだ覚えることが沢山あります。
 その日は、初歩中の初歩である、右のレバーと左のレバーについて教わったばかりでした。
「いいか」と指導官は、胸に付けた一級指導官のバッジを光らせながら言いました。「この左右のレバーはな、ちょうど正午になると左右の役割がそっくり入れ替わるようになっている。従って右は左になり、左は右になるのだ」
 見習い猫は、説明を聞くとしばらく腕を組み、急に何かを思い出したように口を開きました。
「指導官殿。私は子供の頃、レバーが嫌いでした。肉だと思って食べたら、どこか粉っぽいし、変な味がするので、なんだか騙されたような気分になったものです。大人になってもやはり好きにはなれないのですが、その不味い味がむしろ懐かしくて、心が少しほぐれることがあります。だからぜんぜん好きではないのに、無性にレバーを食べたくなる自分がそこにいるのです」
 指導官は、ずいぶん人間っぽい話をする猫だなと思いました。そこで、手に持っていた見習い猫の書類をのぞいて見ると、経歴の欄に元人間だったことが書いてあります。
「無論、指導官殿が説明しているレバーと、食べるレバーは違うということは知っています。それに指導官殿の講義を私の話で中断させていることにも心苦さを感じていますし、あるいは猫のくせにお喋りが過ぎると不愉快に思われているかもしれません。ですが、まだ私が人間だった頃は、ほとんど他人と喋るということがなく、石ころのように自分を打ち捨てていたような気分でいました。自分は価値の無い人間であり、石ころに等しい存在なので喋る必要はないと……。しかし不思議なもので、猫になった途端に言葉があふれ出るようになったのです。雪が溶けて川が流れ出す時のように、私の中で季節や景色が変わっていったのです。私は猫になったことで、人間の頃に持っていたあらゆるものを失いました。しかしその代わりに、私は自分の言葉を見つけることが出来たのです。とはいえ、その言葉をどう発音したらいいのかということはまだ分からないのですが、こうやって喋っている時にぴったりとくる言葉を発音しているかもしれないと思うと心が踊ってしまい、指導官殿の左右のレバーの説明を聞いている最中も自分の言葉を発音することで頭がいっぱいになって、ちょうどいま正午になったので左右が入れ替わったのだなあと思うと同時に、お腹も空いてきた次第であります」

【短編】 私が私であることに気づく前と後の話

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 むかしむかし、あるところに柔らかい感じのものがありました。
 それを見つけたとき、自分が誰だったのかは覚えていないのですが、冷たい雨が降っていたことはよく覚えています。
 もしかしたら、柔らかい感じのものはそこで誰かを待っていたのかもしれません。
 しかし、このままだと雨で溶けてしまいそうだったので、私はその柔らかい感じのものをそっと自分のポケットに入れました。
 
 私が私であることに気づいたとき、柔らかい感じのものはすでに消えていました。
 ポケットには大きな穴が空いていたので、きっとそこからこぼれ落ちたのでしょう。
 穴が空いた理由として思い当たるのは、むかし、トゲトゲした人とすれ違ったとき、そのトゲトゲに何かを引っかけてしまった出来事です。
 トゲトゲした人は、色んなものを引っかけたり傷つけたりしながらさまよっていたので、街中が戦場のように荒れてしまいました。
 しかし、あらかた街が壊れた頃にはトゲトゲは抜け落ち、当のトゲトゲした人は普通の人になってどこかへ消えました。
 私は抜け落ちたトゲの一つを持っているのですが、よく見るとそのトゲの表面もかなり傷がついています。
 傷の数を数えると1111本あったので、そのとき私の誕生日も11月11日に決めたという経緯がありますし、私が私であることに気づいたのもそのときでした。

 かつてのトゲトゲした人からは、ずいぶん後になって電子メールが届きました。
 メールには、あの頃は色んなものを傷つけてしまい大変すまない、といった内容のことが書いてありました。
 そこで私は返信して、柔らかい感じのものについて知っていることはないか尋ねてみたのです。
 すると彼は、あなたの言っているものと関係があるか分からないが、自分も柔らかい感じのものを持っていると返してきました。
 しかしその柔らかい感じのものは、自分にとてもなついているし、自分がいなくなると寂しがると思う、だから、たとえあなたのものであっても返すのは難しいと。

 私は、かつてのトゲトゲした人の電子メールを読んだあと、一晩中、自分が持っているトゲを眺めました。
 すると夜明け頃、トゲの表面に刻まれた一本の傷から何かの芽が生えていることに気づいたのです。
 芽はおはようございますと言うと、歩き出してラジオ体操を始めました。
 あと1110本も傷があるので、全部芽が生えたらみんなで学校や村をつくろうと思っています。

【短編】 妹と輪ゴムとビデオテープ

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 部屋で輪ゴムを無くした。もちろん一つや二つ無くしても困ることはない代物である。しかしどうにも納得がいかなかった私は、その喪失感を演劇風に表現することにした。
「おお神よ! あなたは輪ゴムのようなつまらないものまで私から奪うのか? 幼い頃、私から妹を奪ったように!」
 私には妹などいないのだが、喪失感を表現しているうちに妹が昔いたような気分になったのだ。
「あなたが無くしたものはこれね」
 後ろを振り向くと迷彩服を着た女が私にライフルを向けて立っていた。
 そしてライフルの先には輪ゴムがぶら下がっている。
「これから、あなたの妹を奪い返しに行くわよ」

 私は迷彩服の女に手を引っ張られながら、どんどん森へ入っていった。しかし、さっきまでいた部屋の周りは住宅地なので森などないはずである。それに妹の存在や、妹が奪われたという話は私の空想でしかないのだが、そのことを何度説明しても女は笑顔を返すばかりだった。
「関係ないけど、明日地球が爆発したら、たこ焼き屋を始めようと思うの」
 女は森の開けた場所まで来ると足を止めた。そこには中世の騎士や、日本の武士や、数学の教師などが大勢いて、何かを守るように私たちを睨んでいた。
「たこ焼きって食べたことないけど、形がかわいいし、きっと味も美味しいんでしょうね」
 女はそう言うと一握りの輪ゴムを私の手に握らせ、これを飛ばして騎士や武士や教師を倒せと言う。私は馬鹿げていると思ったが、彼らが恐い顔をして攻めてきたので仕方なく輪ゴムを指で飛ばした。するとさらに馬鹿げたことに、輪ゴムはとんでもない勢いで飛んでいき、騎士や武士や教師たちを紙人形のように次々と倒していった。

 で、結局妹は誰だったのかというと、実は迷彩服の女がそうだったという展開を私は予想していたのだが、やっぱりその通りになってしまった。騎士や武士や教師たちが守っていたのは古いビデオテープであり、森の中に都合よく置いてあったビデオデッキとテレビで再生してみると、そこには幼い頃の私と妹が映っていた。昔住んでいた家の様子や、まだ若かった頃の父と母の姿も。
「明日地球が爆発しなかった場合の予定は、まだ立ててないの」
 妹は私の空想の中にずっと閉じ込められたまま、たこ焼きさえ食べられなかったのだ。なので熱々のたこ焼きがどんなに熱々なのかも知らないのだと思うと、目の前にいる妹が妹のように思えてきたので不思議だなと思った。

【短編】 機械の妹

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 妹は欲望を持っている。見た目は褐色の小石であり、表面がつるつるしているので触り心地は悪くない。
「あんまりじろじろ見ないでよ」と妹は言うと、私の手からそれを奪い返した。「兄さんみたいに欲望を持っていない人には分からないでしょうけど、これは誰かに見せたり、触らせたりするのはとても恥ずかしいことなの」
 世の中のほとんどの人間は私のように欲望を持っていないので、妹のように持っている人間はうらやましく思われたりもする。欲望は一生働かなくていいほどのお金で売れるとか、欲望を使えば一度だけ生き返ることが出来るといった話があるからだ。
「でもあたしは誰かに売る気はないわ」と妹は遠くを見ながら言った。「それに、死んだあと生き返るっていうのも、ゾンビみたいで嫌ね」

 妹は、以前に宣言した通り欲望を売ることはなかったが、あるとき、空から降ってきた隕石に当たって死んでしまった。生前の妹は、生き返りをあまり望んでいなかったようだが、私はどうしても妹の死を受け入れることが出来なかった。
 実際にやってみて初めて知ったのだが、欲望を使った生き返りとは、誰もが想像する肉体の生き返りではなかった。それは欲望の小石を機械に組み込んで、本人の欲望を受け継いだ機械人間を作ることだったのだ。そして妹に当たった隕石というのは、調べてみると、どこかの宇宙人が持っていた欲望の小石だということが分かった。なので私は、それをお金に換えて機械の妹を作る資金にした。

 機械の妹を完成させるのに十年もかかってしまったが、見た目や声はそっくりに作ることが出来たし、妹の欲望も上手く機械に移植することが出来た。長い眠りから覚めた妹に一連の事情を説明すると、悪い冗談はやてめてよと言って信じようとしなかった。
「もしその話が本当だとしても、あたしはただ生きていくだけよ」

 それからしばらくすると、妹を一度死なせてしまったあの隕石の元々の持ち主が現れて、妹に結婚を申し込んできた。彼は宇宙人だったが、耳が少し長いというところ以外は我々と変わらない姿だった。彼の隕石を勝手に売ってしまったことを私が謝ると、彼は妹に隕石をぶつけてしまったことを謝った。
 結局、妹は宇宙人と結婚することはなかったが、今度は宇宙飛行士になって旅へ出てしまった。三百年後には帰ってくる予定だと言っていたので、今私は、未来の妹を迎えに行くためのタイムマシーンを作っているところだ。

【短編】 小説機械

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 SF小説のような話になってしまうが、私は小説を書く機械である。小説機械というと、テーマや登場人物などの条件を与えると自動的に小説が作成されるという従来のタイプを想像する人も多いだろう。しかし私の場合は、与えられる条件が無く、すべてを自由に書くことが求められる特殊なタイプの機械なのだ。だから必ずしも人間が読みたいものを書けるわけではないし、話が脱線したり、いつまで経っても終わらないこともある。

 そういえばこの間、近所の子どもが訪ねてきて夏休みの自由研究を手伝って欲しいと頼まれたことがあった。自由研究とは自由に研究の題材を決めて取り組むものであり、その子どもは、自由に決めていいと逆に何をやっていいのか分からなくなるということで悩んでいたのだった。自由に対する悩みは私も同じだったので、私と子どもは、とりあえず縁側でスイカを食べながら種の飛ばし合いをしてその距離を競うことにした。ちなみに私は人間とそっくりの姿をした機械なので、スイカを食べたり人と直接喋ったりすることが出来るのである。なぜ人間そっくりの姿に造られたのかというと、小説を書くためには人間としての経験が必要じゃないかと私の製造者が考えたからだ。なので私は、機械でありながら学校へ通ったり、友情や恋を経験したこともある。学校のみんなは私が機械であることを知っていたのだが、私が人間の姿をしていたせいか、友情や恋心を示してくれた子も何人かいた。そして私のことを好きだと言ってくれた女の子とはデートをしたり、性行為に及びそうになったこともあった。彼女は、人間か機械かなんて関係ないと言って私を抱きしめてくれたのだ。しかし、そのことを知った製造者と学校側からストップがかかってしまい、私は学校を退学させられて、彼女との関係もそれっきりになってしまった。

 私は小説を自由に書くことを人間に求められてはいるが、すべての行動の自由が認められているわけではなく、そこには機械としての限界があるのだ。しかしそれもまた人生であるし、もしすべてが思い通りになったら、小説に書くことが無くなって私は困ってしまうだろう。ところで言い忘れていたが、私が今いる場所は南極であり、縁側の向こうには白い氷原が広がっている。スイカの種飛ばしに飽きた子どもはペンギンを氷の上で滑らせるという遊びを思いついたようで、自由研究の悩みなど初めからなかったようにはしゃいでいる。

プロフィール

Author:euReka(エウレカ)
euRekaと申します。小説や詩を書いています。

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