【短編】 一人暮らし

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 私はアパートの部屋に住んでいる。それは確かなことだ。
 しかし問題なのは、玄関のドアを開けると地面が存在しないということだった。それに玄関や窓の外には暗闇が広がっているだけで何も見えないから、部屋の外がいったいどういう状況になっているのか全く分からないし、地面がないから無理に外へ飛び出したら奈落の底に落ちてしまうかもしれない。ようするに宇宙空間のような場所にアパートの部屋だけが漂っているという状況らしいのだが、いずれにしても部屋の外へは一歩も出ることが出来ないのだ。
 しかし、ありがたいことに電気や水道は止まっていないし、食材も知らないうちに補充されているので生活に困ることはない。おまけにインターネット回線も繋がっているから、ネットを楽しむことも出来る。もちろん、この状況に陥った当初はパニックになったが、生活の不便もなく、働く必要もないので、次第にこれはこれでいいのかもしれないなと思うようになった。私は元々人付き合いがほとんどないので、外に出て人に会えなくても困らないし、とりあえず生きていければそれでいいじゃないかと。

 十年ほどその奇妙な生活を続けていたある日、アパートの部屋に一人の女性が訪ねてきた。宗教の勧誘だったのだが、その女性は、存在しないはずの暗闇の地面に立って私にパンフレットを渡すのである。
「ちょっといいかな?」と私は、女性の勧誘トークを遮るように言った。「何をどう話したらいいか分からないけど、まず聞きたいのは、君がどうやってここへ来たのかということなんだ」
 すると女性は、何かを考えるように胸の前で腕を組みながら言った。
「あなたの言いたいことは分かりませんが、あなたの苦しい気持ちはお察しします。だからこそわたしは、あなたを助けるためにやって来たのです。どうやってここへ来たのかは思い出せないのですが……」
 女性の説明を聞いても何も分からなかったが、彼女にも帰る場所がなかったので、その後私たちはアパートの部屋で同居を始めた。するとそれに合わせるように、部屋の間取りが広くなったり冷蔵庫が大きくなったりした。そして彼女との間に子どもが生まれると、今度は部屋の外に庭が出現したり公園や保育園が出来た。やがて近所に人が引っ越してきたり商店街が出来たりして、彼女が来てから十年ほどで大きな街になっていったのだが、まだ暗闇の部分も多いので、うっかり落ちないように気を付けている。
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Author:euReka(エウレカ)
euRekaと申します。小説や詩を書いています。

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