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【短編】 忘れ物

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 アパートのドアを開けると知らない子どもが畳の上に立っていた。なので私は、今日からここに住むのだから早く出ていきなさいと子どもに言ってやったが、当の子どもはぽかんとしているばかりだし、荷物を運ぶ作業も忙しかったのでとりあえず放っておくことにした。しかし、一通り作業が終わる頃になってもまだ子どもは部屋から出ていかなかったので、アパートの大家に電話してみると、あれは気にしない人は気にしないし別に害はないんですけどねえと弁解した。だがそれでは困ると私が訴えると、毎月の家賃を五千円安くしてもいいと大家が言うので、私はしばらく様子を見てみることにした。

 半年後、仕事から帰ってアパートに入ると、新聞紙で作ったバスケットボールのようなものがいくつも転がっているのが目に入った。一日中部屋で過ごすのは退屈だろうと思い、あらかじめ子どもに古い新聞紙を与えてこれで好きに遊んでいいと言っておいたのだ。初めはただ千切ったり丸めたりするだけだったのに、その日見たものは見事な球形をしており、畳の上に落とすとちゃんと跳ねるのである。不思議に思ってカッターで切ってみたが、それはただ新聞紙を重ね合わせて作られただけの代物であり、特別な材料が使われている様子はなかった。子どもはその後もボールを作り続け、五年後には直径が二メートルもあるボールが出来上がっていた。そのせいで六畳間の半分がボールに占領されてしまい、これはボール作りをやめさせる潮時だなと考えていたのだが、震度七の地震が起こったのが丁度そのときだった。部屋の中は落ちたり倒れたりしたものが散乱して足の踏み場もない状態になったが、巨大なボールだけは何事もなかったように鎮座しているのである。

 結局、アパートは半壊状態になり、余震で崩れる危険があったためもう部屋に住むことは出来なくなってしまった。そこで私は例の巨大なボールを何とか外に出してカッターで穴を開け、その中でしばらく避難生活をすることにした。近所の人には変な目で見られたが、そんなことを気にする余裕はなかったし、ボールの中は意外と快適だった。地震から三週間ほどで新しいアパートに引っ越すことができたのだが、新居のドアを開けたとき、私は何か忘れ物をしてきたような気分になった。地震のごたごたで忘れていたのだが、あの子どもは地震の日から見ていないような気がする。ボールのお礼を言えなかったのが心残りである。
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Author:euReka(エウレカ)
euRekaと申します。小説や詩を書いています。

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