【短編】気がかりなこと(2007年作・修正稿)

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 屋上の錆ついた扉を開けると空が青かった。屋上には日光浴をしてるビキニ姿の女がいて、ぼくに気付くと体を起こしてサングラスを外した。
「あなた自殺するの?」
「まあね」
「あいにくだけど、自殺を止めるのがわたしの仕事なの」
「仕事? ぼくには関係ないね」
 ぼくは女にかまわず屋上から飛び降りた……。でもその瞬間から、まるでスローモーションみたいに落下していくばかりで、いつまで経っても地面にたどり着かない。そのうち眠たくなって瞼を閉じると、ぼくは長い時間、クラゲのようにどこかを漂っていた。あるいは時間が止まったのかもしれないが、ふいに風を感じて瞼を開けると、そこには白い砂浜と青い海が広がっていた。
「残念だったわね」
 さっき屋上にいたビキニの女が、砂浜に寝そべってぼくを見ている。
「こっちに来て、一緒にビールでも飲まない?」

 ぼくは女と結婚して浜辺に小さなホテルを建てた。週末や長期休暇になると客で賑わった。ある老夫婦がホテルに訪れたのは、客の少ないの夏の終わりだった。
 その日の夕食が済むと、ぼくは老紳士から酒に付き合ってくれないかと誘われた。いいですよとぼくは答え、老紳士を浜辺の見えるテラスに案内した。老紳士とぼくはウイスキーを飲みながらありふれた世間話をしていたが、一時間もすると話すこともなくなった。暗い海を二人で眺めていると、老紳士は何かを思い出したように話を切り出した。
「実はね、知ってるんだよ。私も君と同じなんだ。つまり失敗したのさ。自殺を」
 ぼくは耳を疑ったが老紳士はかまわず話を続けた。
「私の妻はあの時の女さ。あのビキニ姿の。まさかこんなことがあるとは夢にも思わなかったよ。君もそう思っただろう? 彼女はいい女さ……。実はね、世間には君や私の同類が沢山いる。でもお互い相手に気付いても声を掛けることない。みんな過去を思い出したくないんだね。本当は私も、君にこんな話をするつもりはなかったんだが歳をとったせいかな。つい話したくなったんだよ」
 老紳士はしばらく黙り込んで遠く眺めていた。ぼくには彼が泣いているように見えた。
「私と妻の間には娘が一人いてね。妻に似たかわいい子だったんだよ。でも大学生のとき、夜道で男にレイプされて、そのあとノイローゼになって自殺したんだ……。私はいつも考えるんだがね、娘も、君や私と同じように、白い砂浜でいい相手と出会えたのだろうか? そのことが気がかりでならないよ」
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Author:euReka(エウレカ)
euRekaと申します。小説や詩を書いています。

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