【短編】 任務遂行者と監視役

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 自分の正体がバレた時、必ず見るように言われていた封筒を開けるとこう書いてあった。
「この手紙を読んでいるということは、あなたは取り返しのつかないミスを犯したということですが、いまさら後悔しても仕方ありません。まずあなたは、重大なミスにより現行の任務が終了したことを自覚し、すみやかに次のプログラムへ移行する必要があります。また、現行任務の後処理等は、当局の専門班によって行われるため、あなたはこれ以上本件に関わることは許されません……」

 私はこの後、更生施設に連れて行かれ、再生プログラムというものを三年受けて再び仕事に復帰した。しかし今度の仕事は、正体がバレてはいけない任務遂行者と呼ばれるものではなく、その人間を監視する方の仕事だった。とはいえ監視役も秘密の仕事なのだから、一般の人に正体がバレることは避けなければならない。しかし、監視役は基本的に現地の人々と親しく関わることがないため、そもそも関心を向けられることがないのだ。なので任務遂行者と比べると、正体がバレることを常に心配する必要がない分、精神的には楽な仕事だと言える。

 しかし監視役を始めて五年過ぎたある時、担当していた任務遂行者の少女が自分で正体をバラすという事件が起こった。彼女は、生きて帰れる保証のない地獄のような場所へ向うことになったのだが、家族や友人に黙ったまま行くのは悲しいので、事情を説明するために正体をバラしたのだった。本来であれば正体がバレた時点で任務終了となるのだが、回収班が到着する前に旅立ってしまったので任務はそのまま続行されることになった。当然、彼女の監視役である私は責任を問われ、再び更生施設へ入ることになった。

 私はその後、仕事復帰と施設送りを何度か繰り返した。最終的には施設内の清掃をする仕事に落ち着いたのだが、またミスをしたらどうなるのか分からない。自分の正体をバラしたあの少女も、任務終了後に仕事を転々とさせられて、結局は私と同じ仕事をすることになった。特に責任が重い仕事ではないので、私も彼女もつかの間の安らぎを感じていたのだが、ある時、私たち二人に再び任務遂行者へ復帰する命令が出された。しかし私と彼女は施設から逃げ出したたため、追いかけてくる連中とたまに戦うことになったのだが、正体がバレないようにしている彼らを見てると、昔の自分たちみたいで少しかわいそうだねと最近二人でよく話すことがある。
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【短編】 一人暮らし

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 私はアパートの部屋に住んでいる。それは確かなことだ。
 しかし問題なのは、玄関のドアを開けると地面が存在しないということだった。それに玄関や窓の外には暗闇が広がっているだけで何も見えないから、部屋の外がいったいどういう状況になっているのか全く分からないし、地面がないから無理に外へ飛び出したら奈落の底に落ちてしまうかもしれない。ようするに宇宙空間のような場所にアパートの部屋だけが漂っているという状況らしいのだが、いずれにしても部屋の外へは一歩も出ることが出来ないのだ。
 しかし、ありがたいことに電気や水道は止まっていないし、食材も知らないうちに補充されているので生活に困ることはない。おまけにインターネット回線も繋がっているから、ネットを楽しむことも出来る。もちろん、この状況に陥った当初はパニックになったが、生活の不便もなく、働く必要もないので、次第にこれはこれでいいのかもしれないなと思うようになった。私は元々人付き合いがほとんどないので、外に出て人に会えなくても困らないし、とりあえず生きていければそれでいいじゃないかと。

 十年ほどその奇妙な生活を続けていたある日、アパートの部屋に一人の女性が訪ねてきた。宗教の勧誘だったのだが、その女性は、存在しないはずの暗闇の地面に立って私にパンフレットを渡すのである。
「ちょっといいかな?」と私は、女性の勧誘トークを遮るように言った。「何をどう話したらいいか分からないけど、まず聞きたいのは、君がどうやってここへ来たのかということなんだ」
 すると女性は、何かを考えるように胸の前で腕を組みながら言った。
「あなたの言いたいことは分かりませんが、あなたの苦しい気持ちはお察しします。だからこそわたしは、あなたを助けるためにやって来たのです。どうやってここへ来たのかは思い出せないのですが……」
 女性の説明を聞いても何も分からなかったが、彼女にも帰る場所がなかったので、その後私たちはアパートの部屋で同居を始めた。するとそれに合わせるように、部屋の間取りが広くなったり冷蔵庫が大きくなったりした。そして彼女との間に子どもが生まれると、今度は部屋の外に庭が出現したり公園や保育園が出来た。やがて近所に人が引っ越してきたり商店街が出来たりして、彼女が来てから十年ほどで大きな街になっていったのだが、まだ暗闇の部分も多いので、うっかり落ちないように気を付けている。

【短編】 80点の面白い出来事

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 クリーム坊やは焼きそばが好きだったので、毛の長い犬を見て焼きそばだと思い込むほどでした。なのでその犬が、僕は焼きそばじゃなくてアメリカン・コッカースパニエルだよと教えてくれなかったら、本当に犬の毛を食べていたことでしょう。
「アメリカの国家情報局のスパイです?」
「いや、アメリカン・コッカースパニエルだよ。それに実際に存在するのは中央情報局(CIA)だし、僕はスパイじゃない」
 クリーム坊やは、理路整然とした犬の話を聞いてつまらないなと思いました。犬が焼きそばではないとしても、せめてスパイだったら面白い展開になったかもしれないのです。だからダジャレを言ったのです。
「悪かったよ」と犬は、クリーム坊やに謝りました。「でも、犬がスパイになれるわけないじゃないか。警察犬だって、犬が単独で犯人を捜すわけじゃないし」
 クリーム坊やは、できるかできないかではなく面白いかどうかということが重要だと考えていたので、犬の話を0点にしました。そして犬の長い毛に紅ショウガと青のりを添えると、コッペパンの切れ目に犬を入れて焼きそばパンを作りました。これでようやく50点です。
「わかったよ、僕は焼きそばパンで、しかもスパイさ。見た目が焼きそばパンなら誰もスパイだとは気づかないし、それを買った人のカバンの中にも難なく潜入できる。パソコンの傍らに置かれた焼きそばパンからUSBケーブルを伸ばして、ハードディスクの情報を盗むなんてことも朝飯前さ。でもうっかり食べられちゃったら情報を本国に送れなくなるから、食べられる前に犬の姿に戻って……」
 クリーム坊やは急に犬の話を遮りました。クリーム坊やは作り話を聞きたいのではなく、面白いことが本当に起きることを期待しているのです。でも焼きそばパンになった犬が作り話を喋る様子が面白かったので、プラス2点で合計52点にしました。
「せっかく話に乗ってあげたのに、たったのプラス2点?」
 そう犬が文句を言おうとしたとき、犬の焼きそばパンが100円で売れ、点数もやっと100点になりました。でもやっぱり犬がかわいそうになったので、クリーム坊やは焼きそばパンをお客さんから返してもらうことにしました。そのことによって点数は20点マイナスされて結局80点になりましたが、それぐらいがちょうどいいねとクリーム坊やと犬は納得し、それ以来二人は80点の面白い出来事を探すようになったということです。

【短編】 猫博士

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 私は猫が好きだ。しかし自分のスクーターに小便を引っかけられのは我慢ならないし、猫が好きであることと、好きなものから被害を受けることは別問題なのである。そこで私は、向かいの家に住んでいる猫博士に相談したのだった。
「でもね、好きな相手から被害を受けることは、むしろ喜びになることもあるんじゃないかしら?」
 猫博士は年下の女性であり、私が相談するとそう答えた。しかし私が聞きたいのはそういう精神的なことではなく猫の小便をどうにかしたいという話だ、と注文を付けると、彼女は続けてこう言った。
「少なくとも、その相手から被害を受けることによって何かの繋がりを持てるわけだし、好きな相手と全く接点が持てない場合と比べれば、ずっと幸せだと思えるわけで」
 いやいや、そんなストーカーの心理みたいな話ではなくて……。
「じゃあ、手間のかかる子ほど可愛いっていう心理なら一般的でわかりやすいかしら?」
 えーと、それは被害じゃなくて子育ての苦労の話でしょ。
「いいえ、どちらも根っこは同じで、コミュニケーションを深めることが喜びに繋がるっていう話よ」

 結局、猫博士に相談しても無駄だと判断した私は、猫除けグッズであるトゲトゲ付きのシートや忌避剤などを購入して自分でどうにかすることにした。途中で猫の執念深さにくじけそうになったが、最終的にはスクーター用のカバーを掛ければどうやってもスクーター本体に被害が及ぶことはないという極めて当たり前の発想に辿り着き、半年ほどでようやく問題を解決することができた。しかしその問題解決と同時に、今度は猫博士と、私の双子の弟が結婚することになってしまったのだ。話が混乱してしまって申し訳ないが、私には双子の弟がおり、二卵性なので顔がそっくりというわけではないが、そこそこ似ているのでたまに間違われることもある。そしてもっと話が混乱してしまうことを覚悟して言うと、その弟の存在を両親から知らされたのは今から一年前のことであり、ずっと一人っ子だと思っていた私はその事実に今でも混乱している。時系列で言うと、一人っ子→双子の弟が登場(一年前)→猫の小便問題(半年前)→猫博士と弟の結婚(現在)、という流れになる。弟とは未だに兄弟らしい話ができていないし、猫博士と親しかったのは自分の方だと思っていたので、そのことに対するモヤモヤした気分について猫博士の姉である犬博士に今から相談しようと思っている。

【短編】 忘れ物

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 アパートのドアを開けると知らない子どもが畳の上に立っていた。なので私は、今日からここに住むのだから早く出ていきなさいと子どもに言ってやったが、当の子どもはぽかんとしているばかりだし、荷物を運ぶ作業も忙しかったのでとりあえず放っておくことにした。しかし、一通り作業が終わる頃になってもまだ子どもは部屋から出ていかなかったので、アパートの大家に電話してみると、あれは気にしない人は気にしないし別に害はないんですけどねえと弁解した。だがそれでは困ると私が訴えると、毎月の家賃を五千円安くしてもいいと大家が言うので、私はしばらく様子を見てみることにした。

 半年後、仕事から帰ってアパートに入ると、新聞紙で作ったバスケットボールのようなものがいくつも転がっているのが目に入った。一日中部屋で過ごすのは退屈だろうと思い、あらかじめ子どもに古い新聞紙を与えてこれで好きに遊んでいいと言っておいたのだ。初めはただ千切ったり丸めたりするだけだったのに、その日見たものは見事な球形をしており、畳の上に落とすとちゃんと跳ねるのである。不思議に思ってカッターで切ってみたが、それはただ新聞紙を重ね合わせて作られただけの代物であり、特別な材料が使われている様子はなかった。子どもはその後もボールを作り続け、五年後には直径が二メートルもあるボールが出来上がっていた。そのせいで六畳間の半分がボールに占領されてしまい、これはボール作りをやめさせる潮時だなと考えていたのだが、震度七の地震が起こったのが丁度そのときだった。部屋の中は落ちたり倒れたりしたものが散乱して足の踏み場もない状態になったが、巨大なボールだけは何事もなかったように鎮座しているのである。

 結局、アパートは半壊状態になり、余震で崩れる危険があったためもう部屋に住むことは出来なくなってしまった。そこで私は例の巨大なボールを何とか外に出してカッターで穴を開け、その中でしばらく避難生活をすることにした。近所の人には変な目で見られたが、そんなことを気にする余裕はなかったし、ボールの中は意外と快適だった。地震から三週間ほどで新しいアパートに引っ越すことができたのだが、新居のドアを開けたとき、私は何か忘れ物をしてきたような気分になった。地震のごたごたで忘れていたのだが、あの子どもは地震の日から見ていないような気がする。ボールのお礼を言えなかったのが心残りである。

【短編】 手続き

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「猫になってしまうと国民としての諸権利や、財産、人間の言語などが失われてしまいますが、そのことに同意しますか? ……はい、では猫になったあと、その実施日から数えて八日以内であれば人間に戻ることができますが、そのことはご存知ですか? ……はい、では実施日から数えて八日間は、国民としての諸権利や、財産、人間の言語は保持されますが、それを過ぎると諸権利等が失われ、原則的に人間に戻ることはできなくなりますので十分ご注意下さい。……はい、えーと“原則的に”とはどういうことかについてはですね、たとえ九日以降でも、国民としての諸権利は再び国籍を得ることで取り戻すことができますし、財産に関しても譲渡した相手によっては返還してもらえる場合があります。しかし、人間の言語は一度手放してしまうと再び取り戻すことが難しいため、その場合は精神的な面や社会的な存在としては猫のままという状態になってしまい、完全な人間には戻れなくなってしまうため、“原則的に”人間には戻ることができないということです。……そして“社会的な存在として猫”というのは、例えば、突然知らない人から頭やのどを撫でられたり、幼児言葉で話しかけられたりすることがあるということです。しかし、仕事をさぼったり居眠りをしても怒られることはありませんし、むしろ癒しをもらえる存在として大事にされることも多いでしょう。何しろ、存在としては猫なのですからね。……はい、仕事に関しましてはですね、完全な猫の場合は何か仕事をしたとしても法律上の労働とは認められませんが、いま問題にしている人間に戻り損ねた状態の場合は、国籍を得ることによって労働をする権利を得ることができます。ただし、人間の言語が失われているため一般的な仕事をすることはほぼ不可能ですので、企業等のマスコットや動物タレントなどの特殊な仕事に限られることになるでしょう。そして社会的な存在として猫であるなら人に飼ってもらうことができますし、無理に働かなくても食事と棲む場所を確保することは可能です。……はい、人間に戻り損ねた状態はどんな見た目になるのか、ということについては……それは説明が非常に難しいのですが、人間でも猫でもない何か、ということになるでしょう。そもそも“存在として猫”である場合は猫として認識されるため、どんな見た目であれ猫として扱われるということです。……手続きは以上になりますが、他に質問はございませんか?」

【短編】 小説と家族と猫

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 二十四時間以内に小説を書かなければ私の家族が殺されてしまいます。私は小説家ではないし小説を書いたことがないのだから無理だと訴えましたが、犯人は、そのことは必ずしも小説を書けない理由にはならないと言って私の訴えを退けました。確かに、誰でも最初の小説を書くときは経験がないはずですし、ましてや小説家でもないのですから犯人の主張は間違いではありません。しかし私は、そもそも小説というものが何なのかよく知らないのです。もちろん、何か物語が書いてあるということは分かりますが、それ以上のことは知りません。ですので小説が何であるかを知らない以上、小説と呼ばれるものを書くことはできないはずです。もしかしたら最初の小説を書こうとしている彼も、小説のことをよく知らないまま書き始めるのかもしれませんが、彼には少なくとも小説を書いてみたいという動機があるはずです。たとえ彼の書いているものが小説とは呼べない代物であったとしても、書きたいという動機さえあれば彼の思い描いている小説らしき何かを書くことはできるでしょう。しかし私には、その動機すらないのです。そう訴えると犯人は、お前には家族を守りたいという動機があるはずだし、小説を書かなければ家族が殺されるのだからお前には初めから選択肢などない、こんなくだらないやり取りをしている間に三十分も過ぎてしまった、つべこべ言わずに小説を書け、と言って私を部屋に一人残して監禁しました。部屋には鉄格子のついた窓が一つあり、その窓際に机が置いてありました。そして机の上には原稿用紙と鉛筆と時計が置いてあり、壁にはタイムリミットの時刻が大きく書かれた紙が貼ってありました。私は大きく深呼吸をして机に向かい、鉛筆を握って原稿用紙を睨みました。三分ほどそうしていましたが、まるで記憶喪失のように頭の中が真っ白になっていったため、私は恐くなって鉛筆を放り出しました。でもそのときふと気づいたのです。私には、そもそも守るべき家族などいないということに。犯人はなぜ家族を殺すなどと言って私を脅したのか分かりませんが、私のほうも家族を守らなければならないという気持ちになってしまい、原稿用紙と睨めっこまでしてしまいました。いろんなことがおかしいのですが、そのことは後で考えるとして、とにかく家族がいないことに気づいた以上、私にはもう小説を書く理由がないのです。私は再び深呼吸をすると部屋のドアを激しく叩いて犯人を呼びました。そして、私には家族がいない以上もう脅しは効かないことと、今すぐ解放することを強く訴えました。すると犯人は分かったと言い、私をスカーフで目隠しして車に乗せました。そして一時間ほど走ったところで車を止めて、私をその場所に降ろしました。目隠しを外すと車はもうどこかへ消えており、私は人通りのない郊外の道路に一人で立っていました。それで、とりあえず街がありそうな方角へ歩いていくと一軒の民家があり、その玄関先にいた女性から声を掛けられました。あなた、昨日からどこへ行ってたのとその女性は言い、早くお風呂に入って御飯を食べなさいというので、どうするあてもない私はその家に入ることにしました。そして女性に言われるままにお風呂に入り、御飯を食べ終えると私はリビングのソファに腰かけました。リビングのテーブルの上には原稿用紙が置かれており、よく見ると百枚ぐらいの原稿用紙に小説らしき文章が書いてありました。しかも、最後の用紙を見ると終わりと書かれているので、完結した小説のようでした。私は適当な紙袋を見つけてきて原稿用紙を入れると、家を出て、再び車で降りた場所まで戻りました。するとそこには一台の車が止まっており、私が近づくと窓が開きました。きっと来ると思ったよと車の人は言って紙袋を受け取ると、エンジンをかけてどこかへ行ってしまいました。私はようやく肩の荷が下りたような気分になり、家に帰ると、自分で小説を書いてみたい気分になりました。他人から書けと言われたら嫌な気分になりますが、誰も書けとは言わなくなった途端、どうしても今日の出来事を書きたくなってしまったのです。それで今この文章を書いているのですが、これが小説と呼べるものなのかどうか自分では判断できません。なのでこの文章が書きあがったらまたあの車を降りた場所へ行って、先ほど原稿用紙を渡した車の人に読んでもらうつもりです。そして私はこの家の家族になって、これから小説を書いていこうと考えています。家族がいてなおかつ小説が書けることはきっと幸せなことだろうと思うからです。孤独を小説で埋めることはできませんし、もし埋められたとしてもそれは孤独が形を変えただけのものに過ぎないでしょう。しかし今日は、ふいに家族と小説が手に入りました。明日は何が起こるのだろうと考えると、楽しくなる反面、恐い気持ちにもなります。いずれにしても、この文章の続きは明日何が起こるかで変わってきますし、今日はここでやめておこうと思います。

 次の日の朝になりました。洗面台の鏡を見ると、私は猫になっていました。ふいに私は脇を持ち上げられて床に置かれました。家に一緒に住んでいる女の子が歯を磨くためにそうしたのです。私は挨拶をしようとしましたが、ニャーとしか言えません。これは、昨日より厄介なことになってしまいました。

【短編】 神様とスパイ

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 神様は神様と書かれたTシャツを、そしてスパイはスパイと書かれたTシャツを着ていた。その日は二人とも本当のことを堂々と言いたい気分だったので、Tシャツでその気持ちを表現したというわけだ。
「でも、スパイは自分がスパイだとばれないようにするのが仕事なのだから、その行為は職務放棄ではないですか」と神様は言った。
「しかし、神様だって人間が見つけなきゃ存在しないわけだから、それを自分から名乗るのは矛盾してますよね」とスパイは返した。
 神様は、人間から見つけられる前から自分は存在していたはずだと思っていたが、話が長くなりそうなので反論はしなかった。
「先ほどの職務放棄という言葉は失言でした。あなたはスパイである前に一人の人間なのですから、その良心や自由の前では職務放棄なんて些細な問題でしかありません」
 神様が頭を下げると、スパイも慌てて頭を下げた。
「いえいえ、私のほうこそ神様の存在が人間次第だなんて失礼なことを言ってしまいました。そんなのは人間中心の考えであって、人間はどこまでも人間的な考え方しかできないのですから」

 二人は仲直りをしたところで、今日これからどうするかを話し合った。どうせなら普段やらないことをしたいと神様が言うと、スパイは、お互いのTシャツを交換してみたら面白いのではないかと提案した。
 そこで、さっそく二人はTシャツを脱いで交換し、相手の名称が書かれたTシャツに袖を通してみた。
「私、スパイに見えますか?」
「うーん、スパイというより、ふざけた人ですね」
 そんなやり取りをしていると、二人のところへ“警官”と書かれたTシャツを着た人物が近づいてきた。
「お前をスパイ容疑で逮捕する」と警官Tシャツの人物は言って、スパイTシャツの神様をそのまま連行してしまった。

 それから数ヵ月後のある日、神様Tシャツを着たスパイの元に“犬”と書かれたTシャツを着た人物が訪ねてきた。
「今はこんなTシャツを着ていますが、私は神様ですよ」と犬Tシャツの人物は言った。何度もTシャツを交換しているうちにこうなった。だから神様Tシャツを返して欲しいと。
 それを聞いた神様Tシャツのスパイは困った顔をしながらこう言った。
「でも、証拠がない以上どうにもなりません。私の元には、あなたみたいに神を名乗る人が度々やってくるのですよ」
 すると犬Tシャツは、急に大声で笑ったあと絞り出すように言った。
「私の負けです」と。

プロフィール

Author:euReka(エウレカ)
euRekaと申します。小説や詩を書いています。

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