【短編】 都市へ (2009/12作)

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 まるで綱引きみたいだと私は思った。五、六人の裸の男達が、大きな蛇を運びながら私達の行く手を横切った。
「蛇はね、神様の贈り物なんですよ」と案内人の若者は私にいった。「いや、神の使いだったかな」
 たぶん何かのお祭りじゃないかしらと私がいうと、若者は「さあね、クリスマスのご馳走かも」といいながらパチリと写真を撮った。

 都市は間近に迫っていた。ジャングルを覆う木々の隙間から、摩天楼の先端がわずかに顔を覗かせていた。異様に手の長い猿が木の枝を器用に伝いながら、ときおり見下すように私達を眺めていた。
「あいつはジャングルの見張り役なんです」と若者はいいながらカメラを猿に向けた。「丸焼きにすると旨いんです。でも頭を棒で殴ったときの、あの猿の悲鳴が忘れられないな。それはまるで……」
「やめて」私は若者の言葉を遮った。「そんな話は聞きたくないの。あなたはただ案内をすればいいの。わかった?」

 若者はしばらく黙って歩いていたが、私をちらちら見ながら何かを考えている様子だった。
「ねえ先生」と若者はカメラを私に向けながらいった。「言語学の先生がなぜジャングルなんかに? あ、足元に気をつけて」
「ありがとう。でもカメラはやめて」
「すみません」
「私、ジャングルには興味ないの。主に都市の研究をしてるのよ」
「都市の研究……。こないだ案内した生物学の先生も同じことをいってたな……。いったい、都市に何があるというんです?」
 そんなこと、私にだって分からない……。
「都市にはきっと何も無いわ。だから人がたくさん集まってくるし、研究もしなきゃならない」
「なるほどね」

 私達は小川の近くで小休止することにした。大きな木の根元に腰掛けながら煙草を吸った。都市はもう目の前にあるような気がしていたのだが、ジャングルの深い静けさに包まれていると心まで迷子になりそうだった。
 ふいに、隣りに腰を下ろしていた若者が私の腰に手を回した。
「おびえなくていいんだよ、先生」
「えっ……」
「世界はいつか終わる。都市も、ジャングルも、夢も」
 若者は、私の唇から煙草を取り上げると私の唇にキスした。
「夢も?」
「ああ、夢もね」
 若者は私を地面に寝かせ、私の服をゆっくり脱がせた。
「愛もいつか終わるの?」
「何もかもね」
 私は地面に転がっていた若者のカメラを手に取ると、私の中に入ってくる彼にカメラを向けながら、シャッターを切り続けた。
 何度も。
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【短編】 日だまりの詩 (2009/11作)

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『好きか嫌いかで言ったら、多分好きです』

 僕は午後の日だまりの中で光合成しながら、光の中で揺れる何かに向かって、そっと手を伸ばした。

 ネエ、ミエル?

 逆光で顔は良く見えなかったけど、その女の人は微笑していたと思う。
「あなたは誰ですか?」
「私は女。君は誰?」
「僕は生き物。いずれ死にます」
 女の人は、日だまりの中へ入ってきて僕の隣に座った。
「君、何を考えていたの?」
「詩人みたいなことを。でもすぐに忘れてしまうのです」
「じゃあ今、何を考えてる?」
「あなたはいい匂いがします」
「ありがと」
「いい匂いは一瞬だけ僕を幸福にします。でも、その記憶が僕を苦しめる」
「まるで恋ね」
 女の人は深呼吸をして目を閉じた。女の人はきっと神様と話をしているのだなと僕は思った。
“君は誰?”
“僕は神様。いずれ死にます”
“私は女。いま恋してるの”
 僕はまた何かを考えようとしていた。世界の秘密に一つ一つ名前を付けるのだ。死、時間、匂い、恋……
“ねえ神様、一つ質問していい?”
“どうぞ”
“セックスと死、どっちが気持ちいいと思う?”
 女の人は大きなあくびをして目を開けた。
「おはよう、詩人さん」
「おはよう。それで神様は何と言っていましたか?」

“(セックス+死)÷光合成=恋=死×詩=セックス×光合成=気持ちいい=神=女-男=0”

「神様なんて、どこにもいないわ」
 僕は光合成を続けた。

『世界を肯定すること。そこから始めるしかないと僕は思う。革命? さもしいな』

「嘘だ! さっきあなたは神様と話をしていたじゃないか」
「ええそうよ」
「だったらなぜ」
「君をからかってやろうと思って」
「ひどい……」
 女の人は、震える僕の体を抱き締めた。
「ごめんね、光合成くん。私とセックスがしたいのでしょ? でもね、セックスも死も、ただのゲームなの。この死んだ世界ではね」
 女の人の体は僕を包み込んだまま、砂のようにサラサラと崩れ始めていた。
「もう時間がないわ」
「どうしてあなたは、僕に会いに来たのですか?」
「私が会いたいときは、いつでも君に会いに行く。私は希望なの。君の失ったすべてがこの私。だから」
 女の人の体は、僕の腕をすり抜けるように崩れ去った。
「君に……」
 僕は手のひらに残るキラキラした残骸を眺めた。

 ネエ、ミエル? 

 ウン、ミエル

 スキ?

 ウン、スキ!



『私、大っ嫌い』

【短編】 家族の食卓 (2009/10作)

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 僕たち家族は夕食後の食卓を囲んでいた。
「ねえ」三つ下の妹が僕に言った。「そんな気持ち悪いもの早く捨ててよ」
 食卓の中央には、銀色の袋に閉じ込められた“そいつ”が置かれていた。一見すると、まるで未開封のレトルトカレーにしか見えないという代物だ。
「ほらまた動いた!」妹は顔をしかめながら叫んだ。
 母さんは溜め息をついて僕を見た。
「近頃どうも様子がおかしいと思ってたら部屋にこんなもの隠して」
 父さんは一人黙ってお茶を啜っていた。
「ミキだってもうすぐ結婚するっていうのに」
 母さんは独り言みたいにつぶやきながら台所へ行った。
 妹のミキはテレビを点け、父さんは新聞を開いた。僕はやることがなく、正面の白い壁を眺めていた。
 ふいに妹がテレビを見ながら口を開いた。
「それって地球外生物かも」
「まさか」
 ずっと黙っていた父さんが新聞から顔を上げた。
「それ、名前は何というんだ?」
「名前なんてあるわけないさ」
「名前がなきゃ困るだろ」
 母さんが、むいた梨を皿に盛って台所から戻って来た。
「それ、保健所に持って行ったほうがいいんじゃないかしら。ねえ父さん?」
 父さんは新聞を閉じ、“そいつ”を眺めながら腕組みをした。
「そうだな。悪いが母さん、明日保健所へ電話しておいてくれないか」
 僕は天井を見上げた。何も無かった。
「ちょっと待ってよ」妹はテレビを消した。「その変な袋、今から開けてみない?」
 家族は一斉にお互いの顔を見た。まるで悪だくみでもするみたいに。
「それはだめだ」父さんはみんなから目をそらした。「名前も分からんような生物を裸で野に放してみろ! 地球の生態系を破壊しないとも限らんぞ!」
「だったらさ」妹はニヤつきながら頬杖をついた。「袋から出た瞬間に調理用のバーナーか何かで燃やしちゃえば?」
「とにかく」母さんは僕にハサミを手渡した。「ミキも結婚するんだから、変な問題はキレイさっぱり始末してちょうだい!」
 僕たち家族は食卓を立ち、みんなでゾロゾロと庭へ出た。
「いいかい?」
 家族で庭に集まるなんて何年振りだろう。
「切るよ」



 その後、妹は結婚し、子供を産んで新しい家族をつくった。父さんは定年退職し、母さんと二人で穏やかに年金暮らしをしている。
 そして僕はというと、あの日、銀色の袋から出してやった“そいつ”と家を飛び出し、今も一緒に世界中を旅して回っている。“そいつ”にまだ名前はない。

【短編】 黒い猫 (2009/09作)

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 鼻に、白いスジのある黒い猫だった。
「なぜか部屋の中にいたの」と彼女は言った。「何を訊いてもニャー。どこから来たの? あなたは誰なの?」
 黒い猫は彼女の与えたミルクを飲み干すと、ソファーに座って彼女と一緒にテレビを観たのだという。
「深夜のドキュメンタリー番組だったわ。小さな島の高校生がね、本土の学校に定期船で通う話なの」
 黒い猫は番組が終わると、急に何かを思い出したように窓の隙間から去って行った……。
「島の高校生はね、定期船の中で宿題をするの。将来の夢は教師になることだって」
 僕は手の平を彼女の目の前にかざした。
「猫や高校生の話はいいからさ」僕は言った。「大切な話があるんだよ」
 彼女は僕を見た。初めて僕の存在に気付いたみたいに。
「僕と結婚して欲しいんだ」
 黒い猫が、彼女の傍らで体を丸くしながら眠っていた。
「もしかしたら今の仕事を失うかもしれない。なにしろ想像もつかないような不況だからね」
 彼女は猫を撫でながら僕の話を聞いていた。
「君のことが好きなんだよ。たったそれだけの理由さ。君と結婚したいと思うのは」
 黒い猫はあくびをした。何も心配することのない平和な午後である、とでも言いたげに。
「ちょっとビックリしちゃった」彼女の頬が緊張を緩めた。「なんかドキドキしてる。だって……」

 ……高校生は島の港へ着くと、いつものように船長から郵便物を預かった。
「いつも悪いな。気いつけて帰りや」
 船長に軽く会釈すると高校生は、暗い、島の集落へと吸い込まれて行った。寄り添うように集まった家々の間を縫う路地。目を閉じても迷うことはない。でも今夜は、なぜか迷路のようだと高校生は思う。まるで知らない場所のようだ。
「こんばんは」
 高校生は一軒の家を訪ねた。
「郵便です」
「あらあ、どもども」
 割烹着を着た女性が家の奥から現れた。高校生の母より少し老けて疲れている。女性は手紙を受け取ると封筒の裏を見た。
「うちの馬鹿息子や……。何年振りやろ」
 高校生は玄関口に黙って立っている。
「あんたもそのうち、島を出ていくのやろ。たまには家に連絡くらいせんとな」
 高校生は会釈をして玄関の戸を閉めた。暗くて狭い路地に足を踏み出すと、暗闇から猫が現れた。鼻に白い筋のある黒い猫だった。
「こらこら……」
 しきりにまとわりつく猫に高校生は話しかけた。
「君は好きな場所へお帰り。今夜は星がきれいだ。帰り道は知ってるよ」

【短編】 夏の鐘 (2009/08作)

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 夏の鐘は春の鐘より軽く響く。しかし秋の鐘は、夏の鐘よりもっと軽いのだという。
「秋の鐘7号を下さい」と僕は金物屋の主人に言った。「一番響きの軽いやつを」
 主人は面倒臭そうな顔で在庫の棚をあさると、埃のかぶった箱を一つ取り出した。
「これ、10年前の鐘だよ」と主人は言いながら、箱に積もった埃をはらった。「近ごろ鐘を買う人なんて、ほとんどいないもんでね」
 ふいに一人の女が金物屋へやってきた。
「夏のピストル32番を下さい」と女は主人に言った。「一番涼しげなものを」
 主人が再び棚をあさっている間、僕は女と話をした。
「僕もピストルを一つ持ってるよ。冬の45番をね」
「冬は嫌い。春はもっと嫌いだけど、秋は好きでも嫌いでもないわ」
「君は夏派だね」
「ええそうよ。あなたは?」
「僕は好きな季節なんてないな。流行にもウトいし」
 金物屋の主人が、また古い箱を一つ持ってきた。
「これ、20年前のピストルだよ」主人は埃の多さに顔をしかめた。「春のスパナ909ってのが今どきの流行さ。あんたたちも一つどうだい?」

 僕と女は近くの海岸へ行った。
 僕は結局、秋の鐘をやめて夏の鐘を買った。
「急にね」と僕は海を見ながら言った。「不安になったんだ。秋の軽さが」
 女は海に向かってピストルを構えた。
「わかる気もする。秋って、どこか捉えどころがないのよ。ドーナツの穴みたいに」
 空は曇っていた。
 誰もいない海岸に、夏のピストルの銃声が響いた――。
「ねえ知ってた?」女は振り向いて言った。「ピストルって元々はね、人殺しとか銀行強盗の道具だったのよ」
「へえ、そうなんだ……。ところで“ギンコーゴートー”って何のことだい?」
「知らない」

 女は海に向かって何発か銃声を鳴らすと、銃口からまだ煙の立つピストルを僕に渡した。
「あなたも打ってみたら?」
 僕は灰色の水平線を片目で睨みながら引金を引いた――。銃声に驚いたカモメが上空を急旋回した。
「悪くないね」と僕は言ってまた引金を引いた――。「一瞬だけ、世界が自分のものになったような気がする。それが夏だね」
 女は、空に向かって腕を伸ばし夏の鐘を鳴らした――。誰もが長く待ちわびた瞬間を告げるように、何度も――。
 僕はこめかみに銃口を当て、
「これ、自殺にも使えるんじゃないかな?」
 引金を引いた――。

 すると色んなことがはっきりして、
 僕の中にいっぱい、
 夏があふれ出した。

【短編】 砂漠と雨の日 (2009/07)

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 きっと幻覚だろうなと僕は思った。
「あたし、雨が好き」
 赤い傘の下から、そいつは小さな顔を覗かせて言った。
「だってお気に入りの傘さしてね、ピカピカの長靴はいたらね、あたし何だってヘッチャラなの!」
 ここは間違いなく、カラカラに乾燥した砂漠の真ん中だった。
「ねえ君……」僕は、砂漠の真ん中で赤い傘を差したそいつに言った。「水持ってないかな? 僕、もう三日も水を飲んでないんだよ」
「水?」そいつは不思議そうな顔をしながら僕を見た。「空に向かって口を開けてみたら? そこらじゅうに雨が降ってるでしょ」
 僕は空を見上げた。まるで青ペンキで塗りつぶしたような平べったい空が、どこまでも広がっいた。
「そうだね……」僕は砂に埋もれかけた足元を見ながら言った。「君はやっぱり幻なんだね」
「マボロシってなあに?」
「夢みたいなものさ」
「夢ってすてき……」

 僕は乾いた砂の上に腰を下ろすと、死んだようにうなだれた。そいつは赤い傘を差して歩き回ったり、砂に絵を描いたりして遊んでる。
「♪おこりんぼうのゴリラさん だけど猫にはやさしくて そっと頭をなでました♪」
 ふと遠くに目をやると、空が黄色く濁っているのが見えた。
 砂嵐だった。
「♪猫はきまぐれ、たそがれて ゴリラにさよならいいました♪……」

 僕はそいつの手を引っ張り、窪んだ場所を見つけて身をひそめた。
「ねえ、かくれんぼしてるの?」とそいつは僕に尋ねた。「鬼はだれ?」
「鬼なんていないよ。でも、色んなものから逃げなくちゃならないんだ――くだらないゲームが、終わるまでは」
 僕たちの頭上で砂嵐が狂ったように吹き荒れた。そいつの赤い傘は、まるで木の葉のように空へと吸い込まれていった……。
 嵐が去ると、また青ペンキの空が広がった。赤い傘はもうどこにも見当たらなかった。
 そいつは急に泣き出した。
「だってね、傘なくしたらね、母さんきっと悲しい顔するもん……」

 僕たちは赤い傘を探してそこら中を歩き回った。
 砂漠の地平線に日が落ちる頃、砂から突き出した傘の柄を見つけた。僕は砂に埋まった傘を堀り出し、壊れていないか具合を確かめた。
「大丈夫みたいだ」僕はそいつに傘を渡した。「穴一つ空いてないよ」
 夕日に照らされた砂漠には、僕とそいつの影がどこまでも長く伸びていた。
「もう帰らなくちゃ」そいつは傘を閉じて言った。「さようなら、マボロシさん。早く夢から醒めるといいね」

【短編】 境界の言葉 (2009/06作)

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 雲と空、つないだ手と手、さよならとこんにちは――そんな、何かと何かの境界からこぼれ落ちた言葉をいくつも拾いあつめて――――僕は博物館をつくった。

「このお店……」三十代くらいの上品な女性が、展示物を見渡しながら僕に尋ねる。「いったい何のお店ですか?」
 博物館は静かな住宅地の中にある。だからよく画廊か何かと間違える客がいるのだ。
 僕は微笑しながら答える。
「申し訳ありません。ここは博物館なんです」
「博物館? じゃあこれは何ですか?」
「それは、おととしの秋にみつけた《ドングリとリスの境界からこぼれ落ちた言葉》ですね」
「ドングリと、リス?」
「ええ。もみじ狩りへ行ったときに森の中で拾った言葉なんです。読み方や意味は不明ですが」
「そうですか……」女性は展示された言葉をじっと眺める――自分の言葉を探すように――あるいは困惑しながら。「世の中にはいろんな言葉があるんですね……。初めて見る言葉なのに、どこかなつかしいような……」

 ある老人は、きまって火曜日になると博物館へやってくる。
「《一万円札と売春婦の境界からこぼれ落ちた言葉》か。くだらん」老人は大抵の言葉にケチをつける。「どうせ意味など無いのだろう?」
「いいえ、意味を知ることが出来ないだけです」僕は老人に説明する。「ある研究によると、古い時代の人類は、そのような境界の言葉を自在に使いこなしていたそうですよ。もちろん、文献などは残っておりませんが」
「ふん。言葉というのはな、それぞれが別々に分かれているから意味があるんだ。あんたの集めてる曖昧な言葉なんて、そもそも言葉とは呼べんのさ……。なになに……《火曜日と老人の境界からこぼれ落ちた言葉》だと? これはワシのことか?」

 あるとき、ふいに昔の恋人が博物館にあらわれた。
「元気だった?」彼女は、少し疲れたような顔をして言った。「あなた、また変なこと始めたのね……」
「別に変じゃないさ……。君こそ元気だったかい?」
 彼女は何も答えず、展示物を興味なく眺めた。
「あなた、まだ詩は書いてるの?」
「いいや。詩なんて書いたことないよ」
 彼女は軽く溜め息をついた。
「《流れ星と人さし指の境界――》か……。取って付けたような組合わせね」
「組合わせはどうでもいいのさ。そこに言葉をみつけることが大切なんだよ」
 彼女は、僕を見て微笑した。
「あなたって何も変わらないのね……。そんな言葉、どこにも存在しないのよ」

【短編】 白い髪の女 (2009/05作)

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 静かな夜だった。
 女はアイスクリームを食べたいと言った。
 男――いま何時だろう?
 女――知らない……
 好きなものを頼めばいいと僕が言うと、女は受話器を取ってフロントに電話を掛けた。
 僕はビールを一緒に頼んでくれと女に言った。
 沈黙――男は少し離れた場所から女を眺める――男は何かを思い出そうとするが、何も思い出せず天井を見る……
「君……」僕は女に尋ねた。「どうして髪が白いんだ?」
 女は手鏡を眺めながら、白い髪を退屈そうにいじってる。
「生まれつきなの」
 手鏡に向かって赤い舌を見せたあと、女は何かを諦めたようにベッドの上へ倒れ込んだ。
「ほら、たまにいるでしょ? 真っ白なライオン――あれと同じでね、色素が薄いの」
「じゃあ君は、真っ白な人間だ……」

 真っ白な雪の中で/真っ白なライオンと/真っ白な女が戯れる/ライオンも女も雪も/白く重なりあって/もう何も/見えない……

 ドアをノックする音がした。眠たそうな顔のボーイが、アイスクリームとビールを運んできた。
 僕は缶ビールを開けた。
 沈黙――女は、透明な器に盛られた白いアイスクリームを眺める――まるで時間が止まったみたいに……
「子供の頃ね」女はアイスクリームを匙でつつきながら話した。「私いじめられてたの……みんなに白豚って呼ばれてた」
「太ってたのかい?」
「べつに……きっと白って言ったら豚しか思いつかなかったのよ……子供だもの」
 沈黙――遠くからサイレンの鳴る音が聞こえる――水の中を伝わるようなフワフワした感じの音……
 男――また会えるかな?
 女――商売で?それともプライベート?

 半年後、路上で女が死んでいるのを見掛けた。白髪の若い女だった。外傷はなく、きれいな姿で死んでいた。野次馬が大勢いた。僕は無性に酒が飲みたくなって、近くの酒屋でウイスキーを買った。
 女――私、死んじゃったみたい。
 男――知ってるさ。
 女――私の名前、おぼえてる?
 男――忘れた……
 僕はバス停のベンチに腰を下ろし、ウイスキーを胃に流し込んだ。バスが一瞬だけ止まり、ため息のようなクラクションを鳴らすとまた走り去った……
「まだ名前……」
 ふいに声がした。
「教えてなかったわ」
「君は幽霊か……」
 白い髪の女は、微笑しながら隣に腰を下ろした。
「ねえ、どうしてあの夜、抱いてくれなかったの?」
 女は僕の手を握った。
「ほら……あたたかいでしょ?」

【短編】 狂った男と妊婦 (2009/04作)

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 昼下がりだった。
「なんかね、そこの駅でね…」
 路上を擦れ違う通行人の口から、ふいに話が聞こえてきた。
「ベレー帽かぶった頭のおかしな男がね、駅で暴れたんだって…」
 駅の入口は――すでに野次馬の群衆で膨れ上がっていた。彼らはなぜか一様に、喪服のような黒っぽい服を着ている……なぜだろう?
 僕は黒い群衆を掻き分けながら駅の構内へ入って行った。二十人ほどの警官が群衆の真ん中に集まっているのが見えたが――ベレー帽の男など僕にはまったく見えなかった。
 僕は切符を買い、自動改札を抜けて駅のホームへ向かった。大きな紙袋を抱えたお婆さんや、無表情な女子高生と擦れ違った。
 電車を待つ間、僕はホームで煙草を吸った。近くにいたカップルのお喋りが、ふと耳に入ってきた。
「明日ね、地球が終わっちゃうんだって…」
「そんなわけないさ」
「ホントよ…」
 三本目の煙草に火を点けたところで電車がやって来た。カップルのお喋りはまだ続いていた…

 僕は電車に乗り込むと適当な場所に座った。車内はガラ空きだった。僕から離れた場所には一組の老夫婦とお坊さんがいて、割と近い場所に若い女が一人座っていた。
「ねえお爺さん、地球最後の日をどう過ごしましょうか…」
「不安なのかい?」
「ええ少し…」
 またその話か…。狂った男といい、喪服の群衆といい――誰か偉大な人間でも死んだのだろうか? お坊さんはなぜ電車なんかに乗ってるんだ…?
 ふいに若い女が、僕を見てウインクした…
「死んだのよ…、大切なものが…」

 やがて僕は電車を降りた。駅舎を出て空を見上げると――灰色の雲間から、こぼれるように太陽の光が差し込んでいた。僕はポケットから紙切れを取り出した。簡単な地図が書いてあるのだ。駅と薬局と、ちょっと入り組んだ道――地図どおりに歩いて行ったら――五分でアパートに辿り着いた。
 僕は部屋のドアをノックした…
「あら…」
 開いたドアから、妹が顔を覗かせて言った。
「ずいぶん久しぶりね…、ちゃんと生きてたんだ…」
 妹は妊娠している――お腹が風船みたいに、ポッコリ膨らんでる…

 妹は時間をかけて珈琲を淹れてくれた。僕は彼女と長い話をした…
「不安なの…、いろんなことがね…」妹は、膨らんだお腹に手を当てて言った。「この子、今どんな気分なんだろ…。ほんとは外に出たくないんじゃないかな…」

 …そんなことないさ

 …じゃあ兄さんは、どんな気分だった?

【短編】 犬の木 (2009/03作)

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「ありがとよ、旦那」
 ある冬の路上だった。子供達にいじめられていた犬を、私が助けてやったのは…
「旦那は最初、憐れなオイラのこと見捨てようとしただろ?でもオイラ見逃さなかったね。旦那の目に涙が光っていたのを…」
 よしてくれよと言って私がその場を立ち去ろうとすると、犬はズボンのスソを噛んで引っ張った。
「待ってくれよ旦那!お礼に酒でもさ!」
 犬は私を離そうとしなかった。私は仕方なく、犬に連れられ近くの焼鳥屋へ入った。

「もしかして旦那」犬はシッポを振りながら言った。「きれいなお姉ちゃんのいる店のほうがよかったかい?」
 私たちは小一時間酒を呑み適当に世間話をした。店を出ると外はすっかり暗くなっていた。犬はまた別の店で呑み直そうと私を誘ったが、私は明日仕事があるからと言って断った。
「つまんねえな…」犬は自分の前足に目を落としながら言った。「オイラ、旦那と友達になりたかったんだ…」
 私たちはさよならを言って別れた。しばらく歩いて振り返ると、私のことをじっと見送っている犬の姿が見えた。私が手を振ったら、犬は暗い空に向かって遠吠えをした。星がきれいな夜だった。

 それから一週間ほど過ぎたある夜、私はまたあの犬に会った。ひどく寒い夜でどうにも一杯呑みたい気分だった。それで呑み飲み屋の明りを探していると私はふと犬の姿に気づいた。犬は、冷たい路面に力なく横たわっていた。近づいて体を揺すってやったが、シッポひとつ動かなかった。
「旦那、オイラ死んじまったよ…」犬は言った。「死ねば楽になると思っていたんだが、そうじゃないんだね…。オイラ、寒くてしょうがないんだ…」
 私は硬くなった犬を拾い上げ、腕に抱いたまま家へ帰った。家に着くと物置からシャベルを探し出し、庭の適当な場所を選んで穴を掘った。私は穴を掘り終えると煙草に火を点けた。肺いっぱいに吸い込んだ煙を、ゆっくりと暗い空に吐き出した。夜空に星はなかった。私は暗い穴の中に犬を寝かせ、上から土をかぶせた。それだけ済ませると私は酒を呑んで眠った。夢は見なかった…

 春になり、犬を埋めた場所から芽が出てきた…。芽は長い時間をかけて成長し――やがて見上げるほど大きな木になった…

 ある昼下がり、私が木陰で休んでいると一羽の小鳥がやってきた。小鳥は木の枝に止まり、さも自慢げに歌をうたったあと、木陰でうたた寝する私にそっと話し掛けた。

「ねえ旦那、アタシのこと好き?」

プロフィール

Author:euReka(エウレカ)
euRekaと申します。小説や詩を書いています。

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