【短編】 サイコパス (2014/12作)

サイコパス
 平面リスの森に普通のリスはいない。

「夏の木はとっくに死んだよ」と平面リスは言うと、黒焦げの木の実を私の頭に落とした。「なにしろあんたのことを100年も待っている間に、この世を終わらせるような戦争が2度もあったからね。夏の木が残したものはそれだけさ」
 私は地面に落ちた黒い木の実を拾いながら、君とは何も約束などしていないと、木の枝に貼りついた平面リスに言った。夏の木の下で約束をした相手は、きっともうこの世にはいないだろう。
「ここは土も水も汚れているから、あまり長くいてはいけないよ」と平面リスは言いながら、剥がれかけたポスターのように風に揺れていた。「あんたは約束を果たすためにここへ来た。そしておいらはあんたと約束などしていない」

 1度目は悪魔が起こした戦争で、2度目は神が起こした戦争だと私は聞いている。そして1度目の戦争で言葉が死に、2度目の戦争で季節が死んだと。
「あんたはまるで詩人だな」と平面リスは吐き棄てると、ただの紙切れになって風に飛ばされた。「言葉や季節が死んだというのは本当だが、正確にいうと、誰もこの世界の意味を考えなくなったということさ。言葉はそこら中に転がっているが、それらはアウシュビッツの無数の死体と同じなんだよ」
 棄て台詞にしては長すぎると思ったが、別れ際などに言葉があふれ出ることはよくある。たとえ明日また会えるとしても。
「つまり言葉に意味がないなら、人間にも意味はない。だから平気で人を殺せる」

 私は適当な大きさの石をあつめ、夏の木があった場所に碑のようなものをつくった。風も無いのに、森の木陰が地面で揺れていた。
「ねえ旦那、それなあに」という声が聞こえたので振り返ると、子狐がこちらを見ていた。
 私はしばらく碑を眺めたあと、首をかしげる子狐のほうを向いて、自分の来た場所を覚えておくためのものさと答えた。
「でも、どこかへ行くたびに石を置いてたら、世界中が石だらけになるよ」と子狐は言った。
 そうだな、と私は言うと、手に持っていた石を地面に放った。
「でもその石を見たら、ぼく、きっと旦那のことを思い出すよ」と子狐は言うと金色のシッポをこちらに向けた。「じゃあね、暗い顔の旦那」
 私は待ってくれと子狐を呼び止めた。君は一人ぼっちで、ほんとは帰る場所なんてないんじゃないかと。
「誰だって、さよならを言うときは一人ぼっちさ。でも旦那は、やっと100年後に会いにきてくれた」
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【短編】 黒い雨 (2014/11作)

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 ななめに、倒れるか倒れないかぐらいななめに立っている人を見てしまった。私は沈んでいく夕日に、ただサヨナラを言っていただけなのに。
「やあ神様」とななめの人は私に言った。「あるいは人間かもしれないが、もしお前が人間なら、うっかり詩を書くこともあるだろうね」
 ななめの人の隣には、誰も座らない椅子が一つ置いてある。
「君にはいろいろと事情がありそうだな」と私は言葉を返すと、夕日に背を向けた。
「きっと誰にだって事情くらいあるさ」とななめの人は私の背中に言った。「でもみんな事情なんてない振りをして生きている。大抵は恥ずかしいことだからね」

 私は家に帰ってテレビを点けた。どういう話題か知らないが、番組の司会者もまたテレビ画面の中で「恥ずかしい」と言っていた。妻は台所で夕飯の支度をしながら「東京には空がない」と詩を暗誦している。
「どの空も同じで、ほんとうの空なんてないとしたら、私はいったい誰なのか」
 そして彼女の子どもはプラスチックのおもちゃを抱きしめながら、窓の前に立って暗い空を見上げていた。「UFOでも見えるのかい」と私がたずねると、子どもは一瞬振り返ったあと、黒い雨が降っていると答えた。

 しばらく経ったある日、私は、ななめの人が電車の中でななめに立っているのを見かけた。周りの乗客は気にしていないようだったから、私も気にしないフリをして吊革を握っていた。やはりななめの人の隣には椅子が一つ置いてあったが誰も座ろうとはしなかった。よく見ると椅子の背もたれには「アウシュビッツ以降、詩を書くことは野蛮である」と小さく書いてあった。
 私は目的の駅で降りると、改札を抜け人ごみに紛れた。そしてこの世の中に野蛮でないことがあるだろうかと、心の中で反駁した。スクランブル交差点は人であふれかえり、そこら中にヒュンヒュンと銃声が飛び交っている。きっと戦争が始まっているに違いないのだが、ニュースでは全く話題にならないし、人々が銃弾に倒れていっても、歩みを止める者は誰もいなかった。
 交差点の中央にはあの椅子が置いてある。
 私は人ごみを掻き分け、椅子に腰掛けながら空を眺めた。何もない青い空を10秒も眺めていると、ここがどこか分からなくなった。するとふいに誰かが傘を差し出して私の視界を遮った。
「ほら、雨が降っているじゃないか」とその人は言った。「この世にも、野蛮でないことは一つぐらいあるさ。早く家へ帰りな」

【短編】一番安全な場所(修正稿)

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 神様に名前をもらった夜、私は朝がくるまで星の数を数えた。

「新政府は、現日本政府に失望したすべての日本国民を受け入れ、われらとわれらの子孫のために、放射能被曝の脅威から人々を救済し、再び戦争の惨禍へと国民を導かんとする国家ファシズムの暴走を断固阻止することを決意し、ここに、生存を求める権利がすべての人々に存することを宣言し、この憲法を確定する。」

 テレビは昼間から風の谷のナウシカを放送している。チャンネルを変えるとACジャパンのCMが繰り返されたあと、やはりこちらでもジブリの風立ちぬが始まった。

「そもそも人間社会は、そこに暮らす一人一人の信頼により成り立つものであって、その秩序は一人一人の善意に由来し、その正義はより弱い立場の者のためにこれを行使し、その利益は一人一人の幸福のためにこれを享受する。これは人間社会を存続させるための原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。われらは、これに反する一切の国家体制及び政治勢力を拒否する。」

 私は冷静にテレビを消し2週間ぶりに部屋の窓を開けた。ネットの情報では絶対に窓を開てはいけないことになっていたが、空がよく晴れていたので私は1分だけ窓を開けることにした。

「新政府に集うわれらは、未来を生きる人々の存在を常に考え、今生きている人々と同じように、彼らにも未来において生きる権利があることを想像しなければならないのであって、そのように続いてきた人類の営みを肯定し、われらと未来の人々の生存を保持しようと決意した。」

 私はディズニーランドに行ったことはないが、核ミサイルが落ちた場所はその辺りだという。近所のスーパーは、白マスクをした客が増えたこと以外はたいして変わらない。多少品数は減ったような気もするが、必要な物を揃えるには十分な量だ。くまモンの牛乳や、くまモンの殺虫剤まで置いてある。

「注意:本剤を人に向けて噴射してはいけません」

 アイス売り場の冷凍機の中には小さな子どもが横たわっていて、アイスの山に埋もれながら静かに夢を見ている。もしくは既に死んでいるのかもしれないが、子どもの考えではここが一番安全な場所なのだ。

「注意:本剤を過って飲み込んだ場合は、速やかに医師へ相談するか、または後悔して下さい」

 私は精肉売り場でアメリカ人の肉と日本人の子宮を買ってスーパーを出た。中国人の眼球も沢山あったが、私は眼球の調理法など知らない。

プロフィール

Author:euReka(エウレカ)
euRekaと申します。小説や詩を書いています。

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