【詩】僕はアルミニウムの窓枠に話しかけているだけだよ

泣いているのかと尋ねたら
君はちがうと言った
じゃあ風に吹かれているのかと
アルミニウムの窓枠に尋ねると
君は虫に話しかけるように
そうだと 赤い唇を動かした

窓枠の外には伸び放題の夏草と
誰も乗らない 錆びたブランコ
もしかして
「君はブランコに乗りたいのか?」
「ちがう」
「僕はアルミニウムの窓枠に話しかけているだけだよ」
「ばか」

僕は君の肩に止まったプルトニウムを
いつものように払い落とすと
君の車椅子をゆっくり動かした
でもほんとうは
病院の窓なんて一つも開いてないし
風なんて吹いてはいなかった

ほんとうって残酷だし
何の役にも立たない
「ちがう」
夏って何?
プルトニウムって何さ
「ばか」
君は何もわかっちゃいないな
「そうだ」

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【詩】午後に取り残された日だまり

赤ん坊は泣きたいときに泣き
眠りたいときに眠る

風は気圧の差によって生まれ
その差がなくなれば止む

ある午後
私は
私であることを小さな日だまりに預け
冷たいテーブルの上で頬杖をつく

花は風に揺れるまま
人に摘まれるまま
太陽と何かを話し

疲れた猫は
ピアノの上で眠りながら
午後の静寂を守っている

そんな午後
赤ん坊は夢の中で
虫のように醜い手を伸ばす

それで私は人差し指を赤ん坊に預けると
醜い赤ん坊はいつまでも
私の指をしゃぶり続けた

猫はピアノの上で
あくびをしながらブルブルと背筋を伸ばしたあと
鍵盤を一音だけポンと鳴らして
私に何かを言った

午後に取り残された日だまりも
私に何か言いたげだった

私は私を
誰かに預けたつもりだったけど
この平穏な午後にも
いつか終わりがきて

それでもやっぱり
私は私であることから

逃げられないのかな

【詩】絶望で死ぬ人はいないけれど、孤独と寂しさに耐えきれず人は死を選ぶの

朝が

今朝の未明に自殺したというニュースが

お昼のNHKで流れていた

享年46億年

遺書には「疲れた」と一言

専門家によれば「太陽活動の収縮期に関係があるのではないか」と

「朝からテレビはその話題ばかりなんですよ」と

ラーメン屋の主人は客に愚痴を漏らす

「でも今朝は何も変わり無かったけどねえ」

と言って会社員風の男が煙草に火を付けると

店内の客は一斉に麺を啜った

「しかし享年46億年とか、NHKもふざけてますよね」

と私がネクタイを緩めながら発言すると

客もラーメンを啜るのをやめて笑った

「でも明日の朝はどうなるのかしら」

と言ってOLの女の子は箸をカウンターに叩き付けると

まるで演劇風に店内を見渡し言葉を続けた

「もし夜が明けなかったら、一日をどうやって始めたらいいっていうの」

それはそうだけど 毎日何かが死んでいくのは仕方ないじゃないか

「でも朝はもうこないのよ。朝は絶望して死んじゃったのよ。それでもあなたは平気なの?」

じゃあ朝は いったい何に対して絶望したのさ

「馬鹿ね。彼女はただかまって欲しかっただけ。原因なんて、金魚のフンみたいに後からいくらでもくっついてくるものでしょ。だけど彼女の悲しみに対して、留守番電話みたいに平気でいられるような人に対してこそ、彼女は失望したのよ」

つまり朝は 絶望を先取りし過ぎたのか

「いいえ違うわ。つまり朝は、絶望を誰とも共有出来なかったから死んだの。絶望で死ぬ人はいないけれど、孤独と寂しさに耐えきれず人は死を選ぶの」

朝って女の人だったのか? 何も自殺することないのに

「朝だけじゃなく、誰にでも人間になれる資格があるのよ。でも人間を切り売りする社会の波を上手く乗りこなしながら、自殺はいけないことなんだよとかそんな分かりきったこと言われても全然響かないんだよね、ほんとはあんたのほうこそ孤独であんたのほうこそ人間を切り刻んでいる張本人かもしれないのによくも他人の孤独や不幸に同情出来るもんだね、あんたって何者? あんたって人間なの? 少なくとも彼女は、朝をみんなに届けるために毎日がんばった。でも死を選ぶしかなかった。最後まで、自分が人間であったことを証明するためにね」

【詩】ウシ ナウ マエ ニ

サイ カドー ハン タイ
――サイカドー ハンタイ!

コド モヲ マモ レ
――コドモヲ マモレ!

トシ ヨリ マモ レ
――トシヨリ マモレ!

ゲン パツ イラ ナイ
――ゲンパツ イラナイ!

テレ ビモ イラ ナイ
――テレビモ イラナイ!

フル サト カエ セ
――フルサト カエセ!

ミラ イヲ カエ セ
――ミライヲ カエセ!

タンタ・タンタ・タンタ・タン
――タンタ・タンタ・タンタ・タン!

にゃんにゃ・にゃんにゃ・にゃんにゃ・にゃん
――にゃんにゃ・にゃんにゃ・にゃんにゃ・にゃん!

わんわ・わんわ・わんわ・わん
――わんわ・わんわ・わんわ・わん!

サイ カドー ハン タイ
――サイカドー ハンタイ!

オサ カナ タベ タイ
――オサカナ タベタイ!

ヤサ イモ タベ タイ
――ヤサイモ タベタイ!

ケッ コン シタ イ
――ケッコン シタイ!

コド モヲ ウミ タイ
――コドモヲ ウミタイ!

フク シマ カエ セ
――フクシマ カエセ!

ニン ゲン カエ セ
――ニンゲン カエセ!

サイ ボウ カエ セ
――サイボウ カエセ!

イデン シ カエ セ
――イデンシ カエセ!

らんら・らんら・らんら・らん
――らんら・らんら・らんら・らん!

キセ ツハ シン ダ
――キセツハ シンダ!

ココ ロモ シンダ
――ココロモ シンダ!

アナ タニ アイ タイ
アナタニ アイタイ

ウシ ナウ マエ ニ
失う まえに

スベ テヲ ウシ ナウ

その チョット まえ に

あな たに 会っ て

笑 い た い

【詩】1リットルの悲しみ

人々の悲しみが
ゴミ収集車によって回収されていく

1リットルの悲しみを処理するのに
だいたい10円くらいの予算が当てられ
それで回収員の人件費も充分にまかなえるのだという

回収された悲しみは焼却場へ集められ
およそ100分の1の体積になるまで三日三晩燃やされて

灰になった悲しみはドラム缶に密封され
水深1000キロの海底に
そのまま廃棄されるのだという

ある有力な学説によると
人間の許容出来る悲しみの量は決まっているので
たとえ海底のドラム缶から
地上の環境中に悲しみが大量に漏れだしたとしても
人間は一定量を超える悲しみを切り捨て
日常的な感覚を守るような生体機能を有しているのだから
精神衛生上何も問題はないということにはなっているのだが

だとしたら
なぜあなた方は悲しみを回収するのですかと
廃棄物処理課の担当者に質問すると

「つまりそれは法律で決まっているから、としかお答えすることは出来ませんが、誰だって悲しみを遠ざけたいと思うのが普通ですよね? それに、孤独な我々の悲しみを引き受けてくれる者が他にいますか?」と
逆に質問で返された

それはそうだけれど
あなた方でさえ回収出来ない悲しみだって
この社会には沢山あるんじゃないですか?

「いいえそんなことはありません。ちゃんと利用料金さえいただければ、我々はすべての悲しみを回収することが出来ます。ちなみに1リットルで10円という料金は、税金からの補助もあり、先進国の中では一番良心的な値段となっております。だから問題は、それを悲しみとして認識するかどうかという、個人の都合によると我々は考えます」

あるいはその悲しみという感情を
ゴミとして棄てるかどうかという
本人の判断にもよると
そう言いたいのですか?

「まあそうなりますね」

じゃあちなみにお伺いしますが
1リットルの悲しみで
いったい何人の人間を殺せるとあなたはお考えですか?

【詩】母さんのこしらえてくれたおにぎりを抱きしめて

カタツムリと
ナメクジ

赤ん坊の命と
死にかけた老人の命

母の日と
父の日

裁判長と
死刑囚を分ける法律

原爆を落とした者の命と
原爆を頭の上に落とされた者の命

百億円を持っている金持ちと
一億円しか持っていない金持ち

豚骨ラーメンを啜る幸せな時間と
狭い養豚場で一生を終える豚の命

東京で暮らす人々と
福島に暮らす人々

救うべき命と
見棄てられる命

愛してる
愛してない

おにぎりと
パンの香りを嗅ぎながら

ふくしまの歪んだ空気と
チェルノブイリの奇形児は

はじまりと
終わりの間で

少しだけ
眠らせて欲しいと思った

まともに呼吸することも
無邪気に微笑みを返すことさえ叶わないので

奇形児は
母さんのこしらえてくれたおにぎりを抱きしめ

ナメクジや原爆や
死刑囚や豚骨ラーメンなんかと一緒に

この世界を
勉強出来たらいいなと思った

でも奇形児の誕生なんて
誰も喜びはしないだろう

「でも僕は、絶望を伝えるために生まれてきたんじゃない。僕は、君やあなたという、まだ名も知らぬ誰かと出会うために生まれてきたんだ。そうでなければ、なぜ放射能にまみれた醜い体で生まれてくる必要があるのでしょうか? そうまでしても会いたい人が、僕にはちゃんと居るのです。だからもし君たちが僕に絶望するのであれば、それは僕が醜いからじゃなく、君たちの存在が醜いからでしょ」

【詩】この素晴らしき世界

朝目が覚めると
ここはどこだろうと考える

あるときは
春の産湯に浸かる赤ん坊のタライであったり
カビ臭いアパートの一室であったりするのだが

またあるときそこは
ヒロシマの焼け野原だったり
アウシュビッツの強制収容所であったりと

色褪せた過去の記憶を繰り返すだけの
朝のスクリーンは
目を覆うほど眩しくて

いくら手を伸ばしても届かない
光の向こう側で誰かが

透明なピストルを私に手渡し
気に入らない奴は殺せ

フクシマは
いずれ死んでしまうのだから

いくら考えても仕方がないと
そう告げるのであり

この素晴らしい朝や
この素晴らしき世界を維持するためには

多少の犠牲は
避けられないのだと

起き抜けの
寝ぼけた私の髪を掴んで
そう告げるのである

だから私はゲロを吐いたあとに

透明なピストルで
朝の光を撃った

【詩】いくら人を殺しても

空の上から
私の柔らかい体に爆弾を落とした兵士は
まだ元気にしているでしょうか

あるいは子どものしなやかな細胞に
放射能を撒き散らした原発事故の責任者は
その責任の重みに押し潰されてはいないでしょうか

あのときは戦争だったから
予測不能な天災だったのだから
仕方ないですよね

どれだけ人が死のうと
どれだけの人々が病気で苦しみながら
一生を台無しにしようと

それは
その人の運命であり
自己責任なんですよね

もし社会から殺されたくなければ
たくさんお金を稼いで
たくさん爆弾を落とす方の人間にならなきゃいけないんですよね

そうすれば
いくら人を殺しても責任なんて取らなくていいし
人を恨まなくても済むのですから

【詩】夏の手紙

醜い形をした
ゴーヤの中から這い出した青臭い虫が
不機嫌な灰色の空を気にしながら
夏の手紙を僕に手渡した
「秋は飽き、冬は増える。やがて春に孕んだ子どもは、いつか夏を懐かしむ」
と毎年のように
同じ文面の手紙を受けとるのであるが
でも夏になると
何がそんなに懐かしいというのだろうか?
「つまり夏はね、季節のルールを一人で破ってしまったのですよ」
と青臭い虫はいいながら
一本の醜いゴーヤを僕の青白い手に預けた
「だからもう帰る場所なんてないのですよ、夏という季節には」
じゃあ青臭い君はどこに帰るのだ?
「私の仕事は、あなたに夏の手紙を届けることです。だからその後のことは知らないのです」
そうか
夏は季節を棄てたのか
いつも手紙をありがとう
「どういたしまして」

【詩】お金のルールと命のルール

青空の下
地獄の市場は活気にあふれ
命を切り売りする地獄の商人たちは声をラクダのように枯らしながら
目玉や 関節や
胎児を宿した子宮なんかを売りさばいていた
客の中には胎児だけが欲しいという者や
あるいは子宮だけがどうしても必要なのだという者もいたが
地獄の商人が言うには
子どもを宿した子宮というのは
昔からの古い慣習により
胎児と切り離して売ることは出来ないのだと
「もちろん
 それを買った後にどう利用するかなんてことは
 お客様の自由でございますが
 お金のルールと
 命のルールは
 まったく違うのでありまして
 百円分の命とか
 百万円分の命なんて
 本当はどこにも無いのでごさいます
 ここは何の救いもない
 地獄の市場ではありますが
 ちゃんと
 ルールだけは守ってもらわないとね」

プロフィール

Author:euReka(エウレカ)
euRekaと申します。小説や詩を書いています。

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