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【短編】 夢の中の事務所

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「どんな依頼でも相談に乗ると看板に書いてあったので」と、その女性は言った。

 事務所の看板には確かにそういうことが書いてあるが、女性の依頼は私の専門外である。

「でも人を捜すのが探偵の仕事ですよね。だからきっと、夢の中で会った人も見つけてもらえると思って……」

 もちろん私は人を捜す仕事もしている。

 しかし、夢の中のことは心理学などの専門家か、あるいは夢の中にいる探偵にでも頼むしかない。

「じゃあ、看板に書いてあることは嘘だったのですね。なんとなく分かっていたけど、少しがっかりしました」




 探偵みたいな仕事をしていると、たまに変わった依頼をしてくる人もいる。

 自分のことを二十四時間監視・尾行して欲しいという依頼や、ある風景画の描かれた場所を探して欲しいという依頼、そして一週間だけ結婚して欲しいというものも。

 だから、夢の中云々という依頼にもさほど驚くことはなかったし、しばらくするとそれも忘れてしまった。

 しかしある夜、私は夢の中で、例の女性が捜しているという人物に会ったのである。

 私は夢の中の事務所で昼寝をしていたのだが、その人物は私の体を揺すって眠りを覚ましたのだった。

「僕は、あの女性の空想から生まれた人間です」と、その人物は言った。「だから、あなたがいくら捜しても僕を見つけることはできません」

 私は、腕で組んでしばらく頭を整理した。

 そう言うあなたは、いま目の前にいるじゃないかと口に出しそうになった。

「実は、僕は夢の中で彼女に結婚を申し込みました。一夜限りの夢という軽い気持ちだったのですが、それから彼女は、毎晩夢の中で僕を捜すようになったのです」

 なるほど。

「しかし、空想に夢中になりすぎた人間は現実に戻れなくなるという話を聞いたことがあったので、彼女にはもう会わないほうがいいと思いました。所詮、僕たちは住む世界が違いますし、夢の中で幸せになっても、現実はかえって虚しくなるだけです」




 それから数日後、再び女性が事務所にやってきた。

 やはりあきらめきれないから捜して欲しいと言ってきたので、私は先日見た夢の話をした。

 馬鹿げた話ではあるけど、他に女性を納得させる方法はないと思ったからだ。

「そうですか」と女性は、話を聞いた後に言った。「やっぱり、夢の中の人を捜すなんて変ですよね」

 私にはかける言葉がなかった。

「でも、彼はそんなことが言える優しい人だったのですね。そして探偵さんも」
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【短編】 塔と番人

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 塔の入口には、古ぼけた椅子に腰かけた老人が一人いるだけだった。
 私は老人に声をかけたり揺すったりしてみたが、何も反応がないのでしばらく待つことにした。老人は入口の番をしているのかもしれないし、勝手に塔へ入ったことで後々面倒なことになるのを避けたかったからだ。
 もっとも、塔へ入ることは誰にでも許されているのだから、何か手続きが必要だとしても名前を記帳すればいいという程度のことで済むはずであり、老人が番人であるなら、きっと記帳簿を管理するだけの簡単な仕事を与えられているに過ぎないのだろう。しかし、私が勝手に塔へ入ったことで責めを負い、番人の仕事を失う羽目になってしまったら、この眠りこけた老人はたちまち路頭に迷ってしまうかもしれないのだ。
「あんた誰?」
 声に振り返ると、子どもが立っていた。
「言葉がしゃべれないの?」
「違う。すぐに言葉が出ないこともあるし、今がそれなんだよ」
 子どもは老人のそばに近寄った。
「おじいさんは死んでるよ。だからもうしゃべらないの」

 私は子どもと二人で塔の近くに穴を掘り、老人を埋葬してやった。
 話を聞くと、老人とその子どもは塔の中に住みながら番人の仕事をしていたのだという。
「きのう死んだの」
 子どもは盛り上がった地面を見ながらそう言った。
「本当は死んでるかどうか分からなかったけど、あんたがやって来たからもう死んでることにしてもいいと思ったの」

 私は、子どもを一人置いていくのも気が引けたのでしばらく塔に住むことにした。老人がやっていた番人の仕事も引き受けることにしたのだが、何日たっても塔を訪れる者は誰もいなかった。子どもにとっては、私が初めての訪問者だったようだ。
「楽な仕事だけど、なんだか寂しいな」
 塔の周りに広がる平原に向かって私がそう言うと、子どもは地面にうずくまりながらつぶやいた。
「さびしいってなに?」
 私は、空に浮かぶ小さな雲を見ながら考えた。
「ひとりぼっちになると自分の居場所を見失って、それで人は寂しくなるんだと思う」
「ふーん、そうなの」
「おじいさんは死んだし、塔を訪ねる人間もいない。だから君は、もうここにいる必要はないんだよ」

 それから数日後、私と子どもは塔をあとにして旅へ出た。しばらく歩いたところで後ろを振り返ると、塔が音もなく崩れ落ちていくのが見えた。
 私たちはその様子を黙って眺めたあと、何も無くなった平原に背を向けて歩きはじめた。

【短編】 迷いネコみるきー

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 秋のページに踏み出したスニーカーの足裏が、ぐんにゃりとした空想の地雷を踏んづけてしまった私は、きっと次の瞬間に爆発しながら砕けていくセカイの匂いや甘い殺意、そして食べかけのシュークリームにさよならを言うひまもなくただ地面に向かってぐきゅーと叫びながらその踏んづけている足元に目をやると、それは空想の地雷じゃなくて昔なじみの迷いネコみるきーの柔らかいお腹だった。
「夏は終わったんだね」と、みるきーは私を見上げながら言った。「ほら、彼岸花が揺れて」
「ごめんね、みるきー」
「僕はネコだけど決してにゃあとは鳴かないのさ。でも時々はね、にゃあと鳴きたくなるときだってあるんだよ」
 私は、セカイが砕けるほど心地よいネコのお腹に、そのまま沈んでしまいそうな自分にハッとして足を引っ込めた。
「ねえ、みるきーっていつも、サビついて動かなくなった風見鶏みたいに夜空を眺めながら星を数えているでしょ」
 迷いネコみるきーは、私の空想の地雷に付き合ったせいで内臓が破裂し、咳に血が混じりはじめていた。
「私ね、もう無理して星なんか数えなくてもいいと思うの。だって星の数には限りがないけど、みるきーはいつか死んじゃうでしょ」
 私は、落ち葉が秋の絵を描き始めた地面にゴロンと寝そべると、力なく横たわる、ネコの流れるような体の線にそって指先を滑らせた。
「僕はね、にゃあと鳴くことに疑問を感じていたのさ、それでね」
 みるきーは肋骨も折れてるみたいだった。
「僕はね、にゃあと鳴くことをやめてみたんだよ」
 みるきーは滝のような血を吐き出した。
「そしたらね、もっと疑問が増えてね」
 仰向けになったみるきーは、肉を焼く炭火のように燃える夕暮れの空を見た。
 私は起き上がって、缶ビールを開けた。
「僕はね、秋という季節が嫌いだから、秋の間はいつも夏のことばかり考えているのさ。入道雲とか、ノースリーブから覗く肌とか、ラジオ体操とか。するといつの間にか冬になっていてね。冷たく澄んだ空気を吸い込むと、今度は秋のことを考えてしまう。嫌いな季節だとしても、せめて秋刀魚や秋ナスを食べておけば良かったと後悔するのさ」
 私は、缶ビールを飲みながら食べかけのシュークリームを食べた。
「でも春になると、僕は一からやり直すことができる。僕は何にだってなれるし、何でもできる。だけど今は、僕を抱きしめて欲しいんだ。君が僕にくれた、お気に入りのバスタオルにくるんで」

【短編】 異民族の人

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 ある夏、異民族の人が近所に引越してきた。
 異民族の人は、私の家まで挨拶に来て、三リットル入りの業務用アイスクリームを引っ越し祝いに持ってきた。
 しかし、私は貧乏なので冷蔵庫を持っていない。だから貰っても食べきれないことを説明すると、異民族の人は悲しそうな顔をしながら帰っていった。
 しかし数日後、異民族の人は大きな冷蔵庫を持って再び現れたのである。
「これでアイスクリームを冷やせるね」と異民族の人は晴れやかな顔で言うのだが、その冷蔵庫は新品みたいだし、そんな高価なものは貰えないと言って断った。

 ずいぶん気前のいい民族だなと思ってネットで調べてみると、彼らは祖国を持たない流浪の民族だということが分かった。数千年前まではどこかに定住していたようだが、ある理由で民族ごと旅を始めたのだという。現在では、民族がまとまって移動しているわけではなく、それぞれが、ばらばらに旅を続けているのだが、彼らにとっては旅をすることが民族の証になっている。

 異民族の人はその後も、食品やテレビや車などを私の家に持ってきた。最初に出会ったときに、自分の貧乏生活を告白したことがまずかったのか、異民族の人は、あらゆるものを私に与えようとするのである。
「確かに私は、冷蔵庫もテレビも持たない貧乏人だ。しかし、だからといって他人が思うほど惨めな気持ちで生活しているわけではない」
 ある時、たまりかねた私は、異民族の人にそう説明した。すると、がっくりと肩を落とした彼の後ろから、一人の女性が現れたのだ。
「父が失礼なことをしてすみません。でも、父はあなたと仲良くなりたいだけなのです。今日はすき焼きの材料を持ってきたので、一緒に食べていただけませんか?」

 その後も、異民族の人の娘は、たびたび私の家に来ては料理をふるまってくれた。そして、一年後に彼女と私は結婚し、さらに一年後には子供も生まれた。異民族の人は、私たちの子供が生まれるのを見届けると、旅に出ると言って私たちの元から去った。そして子供は二十歳になると、民族の血がうずくのか、自分も旅に出ると言って家を飛び出していった。私の妻になった異民族の彼女も、きっと旅に出たい気持ちはあるのだろうが、「移動することだけが旅ではありません」と言って笑っている。

 ところで君たちの民族は、みんな旅好きで気前がいいのかと尋ねると、「気前がいいのは父だけです」と彼女は言って遠い空を見た。

【短編】 カプセル

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 朝の海岸で、少女の入った透明なカプセルを見つけた。
 カプセルを軽く叩くと、少女は眠たそうに目をこすった。
 そこで私は何事かを話かけてみる。おはよう、大丈夫なのか、君は誰だ、とか頭に浮んだことを。
 あるいは、こういう場合、相手は何者かという質問にはあまり意味がないのかもしれない。
 相手がもし宇宙人だったとしても、私には驚くことしかできないし、その事実を受け入れるしかないのだ。
「ここはどこ?」 
 カプセルの中の少女が最初に話した言葉がそれだった。とても基本的な問いである。
「ここは、私が毎朝散歩している海岸。または、宇宙からみれば銀河系にある地球という星」
「じゃあ、あなたは誰?」

 そんなとりとめのない問答を続けているうちに、日が高くなり、お腹も空いてきた。
「君や私が誰かという問題も重要だけど、君はひとまずこのカプセルから出たほうがいいんじゃないかと思う」
 私はそう少女に提案した。
 少女を置き去りにしたまま食事に戻ることはできないし、このままだと彼女に食事を与えることもできないからだ。
 すると少女は、それもそうね、と言ってリモコンのようなものを取り出した。そして(1)と書かれたボタンを押すと、カプセルが急に膨らんで倍近くの大きさになり、私の体もカプセルの中に取り込まれてしまったのだ。
 少女も、私と同じようにびっくりしたようだが、すぐに、ごめんねと言って苦笑いをしてみせた。
「自分ことはよく思い出せないけど、このボタンの使い方はなんとなく覚えているみたい」
 彼女の話によると、このカプセルは、誰にも壊すことはできないが、周りを取り込みながら大きくなることはできるのだという。

 結局のところ、少女と私は、リモコンの(2)と書かれたボタンを押すことで、狭い空間から解放された。そして遅い朝食を二人で食べ、縁側でお茶を飲みながら、ほっと一息つくことができた。
 とは言っても、リモコンの(2)は、宇宙全体をカプセルの中に取り込むボタンである。なので実際のところ、私たちはまだカプセルの中にいることになるのだが……。
「二人っきりになりたいときは(1)を押して、息がつまりそうになったら(2)を押せばいいのよ」
 少女は、自分が宇宙の中心にでもなったようにそう言った。
 ちなみにリモコンの(3)は、全てが嫌になったときに押すボタンなのだそうだ。しかし、そのボタンを押すと何が起こるのかは、彼女も知らない。

プロフィール

Author:euReka(エウレカ)
euRekaと申します。小説や詩を書いています。

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